#8.4 弾ける風

文字数 2,437文字

外に躍り出たくなりそうな夏の風が吹く頃。

夏といえば海、海といえばイルカ。それよりも大きなシャチが大好きなケイコがシャチの背びれに掴まり、深海に挑んでいました、プクプク。

(エイヤー)と心の中で叫びながら必死で目を開けようとするケイコ。しかし速い、速いぞ、シャチの潜る速さは尋常ではありません。一気にグイッと深海に到達、それでも(まだまだー)と言ってそうなシャチです。結局、目を開けることができなかったケイコ、です。

仲良しのイルカと違ってシャチとは知り合い程度のケイコです。まだまだ意思の疎通が上手くいかないようで、ケイコがしがみ付いていることを忘れがちなシャチです。

海底に到達し、そこから水平に、と思えば、いきなりの垂直上昇。流石にこれにはついて行けず、手を離してしまうケイコです。

(さようなら〜)

そう心の中で呟いたかどうかは分かりませんが、きっとケイコなら思ったことでしょう。そうして海深くで漂い始めたケイコはプクプクと自力で進んで参ります。

知り合いのシャチに置いて行かれましたが、いろんな魚がケイコの側を泳いでいくので、退屈しないケイコです。手の伸ばせばそこにお魚がいる、ただそれだけで幸せそうな笑みを浮かべています。しかし何時までも沈んでいる訳にもいきません、よね?

(お魚になった、私)

そんな気分でチョロチョロと動きますが、ちっとも前に進まないケイコです。そうこうしている間に魚の大群に巻き込まてしまいました。

(ウゴ、ウゴ、ウゴゴゴゴ)

もう何を言っているのか、何を思っているのか分からないケイコです。そんな時、通りかかった漁船の網で、魚と一緒に一網打尽にされたケイコです。これで海から脱出することが出来ました。

「なんだ? これは」

網を引き上げた漁船の船長が、少し変わったものを見つけて驚いています。すると、その『少し変わったもの』が何やら叫んでいるようですが。

「おっちゃん!」
「相棒!」

ケイコを発見した船長が相棒と呼んだのは、そう、あの船長だったのです。これはなかなかの巡り合わせと言えるでしょう。こうして水揚げされたケイコは無事、家に帰ることが出来ました、とさ。



秋の風が、名残惜しそうにしていた夏の風を追い出した頃。

ザブーン、シュワシュワー。

誰も居なくなった寂しい浜辺。そこに元気な声が、打ち寄せる波の音に負けじと響いていました。

「あらったまほんにゃらほんぷー」

どこかで聞き覚えのある呪文が唱えられると、小さな炎がポツンと揺らめき始めました。それは消えそうで消えない、頑張り屋さんの魔法使いによる仕業なのです。

「ふふ、どや」

ふわふわ・ゆらゆらの炎を指差して得意満面のケイコです。その後ろで座っていたマチコが無表情のまま、ふーっと口元で風を起こすと、その風が小さな炎を包み込み、シュワっと炎を消してしまいました。

するとまた呪文を唱え小さな炎を出現させると、すぐさまマチコによって消されてしまうケイコです。そこで何度も呪文を唱えるケイコ、それを消してしまうマチコの攻防が暫く続きます。そしてとうとう、

「なにずんじゃあああ、マ”チ”コ”ー」と怒り出すケイコです。それに、
「危ないじゃないのよぉ、火遊びしちゃぁ」と(たしな)めるマチコです。

「大丈夫だもん!」
「ダメよ。特にあんたはぁ」
「ふん! ケチ、いけず、マ”チ”コ”ー」
「はいはい」

こうして渋々諦めたケイコ……のはずがありません。箒のような魔法の杖をどこからから取り出し、それをぶん回し始めました。そうして呪文を唱え始めたのです。

「はっぷよよいのこんたらすいみどどんとほいほいにとろげっこんくしくしみんみんおばるふいあめかとんほんにゃらてかいほんぷ」

まるでデタラメのような呪文です。それを間近で聴いていたマチコもそう思ったようで、とうとう自棄(やけ)になったんだなぁと関心を寄せませんでした。

ところがでう。いえ、ところがです! 浜辺の砂がパラパラと浮き上がると、その一粒一粒がボボッと燃え上がり、更に風によって舞い上がると、それはそれは——

「ほんぎゃー」とケイコが目を回して驚き、
「ちょっとぉ、ちょとちょと、ちょっとぉぉぉ」とマチコをも慌てさせるような、『炎の檻』の完成です。

その檻のような炎に閉じ込められる形になったケイコとマチコです。とんでもないことを仕出かしてしまったケイコ、その威力と脅威に驚愕しています。

「マ”チ”コ”ー、どうすんべー」とオロオロするケイコに、
「ちょっとぉ、その言い方、やめなさいよ、ねえぇ」と比較的、落ち着いているマチコです。

「だってー、おいおい」と半泣きのケイコ。
「しょうがないわねぇ」と呆れるマチコが右手を上げると、パチンパチンと指を鳴らしました。

すると、すると、すると、何も起きません。

「もう、しないよー、マ”チ”コ”ー」と叫ぶケイコに、
「はあ? 何をしないってぇ?」と問うマチコ、平静を保っています。

その余裕はどこから来るのでしょうか。ボーボーと燃えさかる『炎の檻』に囚われたケイコとマチコ。火遊びの代償は大きいようです。

そこに雨がポツリポツリと降って参りました。これはまさしく天の助け、でしょうか。いいえ、ポツリ程度では炎の粒がシュッと音を立てるだけで、一向に状況は良くありません。そこに、

バサー・ドサー・ジャジャジャーンと大量の水が降って、というより落ちてきました。これで『炎の檻』は完全に鎮火、びしょ濡れのケイコと平気なマチコです。

「怖かったよー、マ”チ”コ”ー」と叫ぶケイコに、
「まだ言うか」のマチコです。

ところで、大量の水はどこから来たのでしょうか。それはマチコが風で海面を押し上げ、それを更に風で吹き飛ばして雨のように降らせたからなのです。ちょうど場所が浜辺で良かったですね。

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登場人物紹介

ケイコ

田舎育ちのケイコ。一人遊びが大好きで年中遊びに夢中な天然系。

マチコ

都会育ちのマチコは都会の喧騒に嫌気が指し旅に出ることに。
いつも、お姉さん風を吹かせています。

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