#4.1 埠頭の風

文字数 3,339文字

ムヨヨ〜ンとした夏の風が吹き始めた頃。

ここは早朝の漁港。プカプカと浮いている漁船を背景に、埠頭の先端で仁王立ちのケイコ。腕を組み、両足は少し開いた、それはそれは勇ましい姿です。そして口は一文字に閉じ、長い髪を潮風でなびかせながら、その目は遠くの沖合を見つめ……。一体そこで何をしているのでしょうか、早速、聞いてみましょう。



「私、海の女なの」

潮風が強すぎたのか、その目は閉じたままです。何か悪い夢でも見たのでしょうか、ケイコが新たな野望を抱いた瞬間です。更に何かを言っているようです。

「ここは、世界に旅立つところ。それは帰るところでもあるの。だから世界を支配したの。だから私は海の女なの、うん」

潮風が強すぎたのか、その風に飛ばされそうな、いいえ、飛ばされたケイコです。そこにちょうど、世界の果てから帰ってきた一隻の漁船がポコポコと通りかかり、そのデッキ上に転がり落ちたケイコです、ドスン。

船はそのまま進んで接岸、ドバーと水揚げをするものと思いきや、不漁であっという間に終了。トボトボと帰り支度をする船長です。その時、船のデッキでウロウロしているケイコを発見。

「なんだ、変なものが漁れてたんだな」

船長の声にギョッとして振り向くケイコです。しかし、今日のケイコは昨日までのケイコとは違うようです。そう、

「私、海の女なの」
「なんだって?」

この先を言おうとして止めた船長です。だって、まともに相手をしても仕方ありませんから。そこで見なかったことに決めた船長は船から離れようとしましたが、どうも気になって仕方がないようです。

もしかしたらヘンテコな妖精に船を悪戯されないだろうか、それとも、どこかに持って行かれたり取り憑かれては困る、そう思いケイコを追い払うことにしました。

「なあ、お嬢ちゃん。女はね、船に乗っちゃぁダメなんだ。わかるかな? わかれば、なんだ、帰った方がいいよ」

船長の抗議を神妙な顔で聞いるケイコです。そう、抗議は受け付けない、言っていることが分からないという意思を、

「私、海の女なの」と繰り返すことで示しました。

ケイコの真剣な眼差しに、(今更、お前なんか見えていないだぞ、誰それ)、と無視すれば良かったと後悔する船長です。これはもはや脅迫では、と思った船長は、

「それは分かった。で、それがどうしたんだ? 何をするつもりなんだい?」とケイコの目的を探る船長です。それに対して明確な答えを持ち合わせていない、いつものケイコです。

「私は、私なの」と、船長の探りを跳ね返すケイコ、通常運転です。

これでは話にならない、そう考えた船長はますます窮地に追い込まれてしまいました。そこで、話の通じない相手に、幾つかの選択肢を挙げてみることに。

「この船が欲しいのかい? それとも乗りたいだけ? 魚が欲しいとか? どれなんだい」
「私は、世界を手に入れるの」
「そうか、わかった」

(世界征服を企む悪の手先、すなわち妖精の姿をした悪魔ということだな)、とケイコの目的を知った船長は、この平和な世界を守るべく、守るべく、どうしよう、と悩むのでした。

そこで、悪魔である証拠を確認しようと、鼻の下を伸ばしながらケイコをジロジロ。そこに尻尾があるはずと、ハレンチを覚悟して注視する船長です。(本当はこんなことはしたくないんだ。でも、俺の肩に世界の運命が重く、ズドーンと伸し掛かっているんだ、許してくれ)、と言い訳を考えました。しかし、

「なに見てんのよ! エッチィィィ」とケイコに窘められる船長、言い訳が吹き飛んでしまいました。でもしっかりと尻尾の有無を確認できた船長です、エッチ。

ということで尻尾がないことは確認できましたが、それでも、そういう悪魔も居るだろうと考え直した船長です。なにせ要求が『世界を寄越せ』ですから無理もありません。それに、ケイコの背中には小さくて可愛い羽がピクピク、それだけあれば十分、悪魔の条件を満たしているといえるでしょう。

世界の明日を賭けた交渉に、(どうして俺なんだ、なんで俺のところに来たんだ、もっと相応しい奴が居るだろうに、よりによって不漁の時に、俺は忙しんだよ、来るなら一昨日来やがれってんだ)、と苦悩する船長です。そこで、自分には荷が重いと、

「明日、話し合おうじゃないか」と苦し紛れに先延ばしする船長です。それに、
「あしたぁぁぁ?」と不満一杯のケイコです。どこまでも自分の欲望に素直な子です。思わず考え込んでしまうケイコです、ムム。

それに慌ててた船長、「約束する、本当だ」と真剣な眼差しをケイコに送ります。それを受け取ったケイコは「約束だよ」と譲歩することにしました。それは『約束』が大好きだからだったからでしょう。それが何故なのかはケイコにも分かりません。

機嫌が良くなったケイコはブーンと飛び立ち、「また来るよ〜」と去って行くのでした。これで難を逃れた船長はドッと疲れを感じましたが、(取り敢えず今日のところは世界は救われた)、と安堵したのでした、ふー。



「私、船の女なの」

今日も埠頭の先端で風に吹かれながら海を、いいえ、船を探しているケイコです。昨日交わした約束を果たすべく()って来ましたが、肝心のいつ、どこで、が抜けていました。それはきっとワザと明確にしなかった船長の策略・陰謀なのですが、そんなことを気に留めるケイコではありません。

『いつ』とはケイコの気が向いた時、『どこで』とはケイコの好きな場所に置き換えれば済むことです、はい。

早速、沖合から港に帰る漁船が一隻、ポコポコと遣って参りました。そうです、あの船長の船です。運命から、ケイコからは逃れられないのです。

そんな宿命を背負った船長の船が埠頭に差し掛かった時、「トウォォォ」と陸地に向かって飛び立ったケイコ。陸から海に吹く風に逆らいながら前進、また前進。そして船を追い越すと、一気に気を抜く腑抜けたケイコにもろ、強風が襲います。

そうして操舵室のフロントガラスに張り付いたケイコ、タイミングも着地点もバッチリ、「オギャァァァァァァ」と船長の悲鳴を引き出すことに成功しました。

危うく堤防にぶつかり、沈没する白昼夢を見た船長は急いで船を止めると、何時の間にか操舵室に潜り込んでいるケイコに二度びっくり、ウギャァァァァァァです。

「来たよ」と言うケイコの言葉が、「約束を破ったな、もうこれで世界は終わりだ、覚悟は出来ているんだろうな、人類」と聞こえた船長です。それに、

「約束は破ってないぞ。ずっと待っていたんだからな」と震えながら答える船長です。

しかし、そんな返答に関係なく、「私、船の女なの」を主張するケイコ、昨日と言っていることが違うぞと思う船長、これはとうとう船を乗っ取りに来たと言っているんだな、とガッテンしました。

(俺の船を奪って、これで世界征服を企むとは抜け目のない悪魔だ。だが、どうやって? )とケイコの征服計画を推測する船長、その対応は慎重を要します。(相手はどんなに小さくても世界を支配したくてウズウズしている、そう、小悪魔だ。その悪魔に対抗できるのは天使に他ならないだろう。ああ、でも、その天使も堕落して堕天使になるご時世。それでは助けにならないではないか。仕方ない、ここは言うことを聞いたフリをしておこう、それが世界を救う唯一の方法なんだ、多分)、と結論を得た船長、早速、交渉を始めます。

「わかった、要求は全て受けてやる。明け方、日が昇る前に来てくれ」
「約束?」
「そうだ、約束だ」
「うん、わかった。約束したよ」

約束を交わしたケイコは明日を待ちきれず、二、三歩歩いたところで家に帰ってしまいました。それは家で寝て、サッと朝を迎えようとの魂胆ですが、同時に船長の目の前でケイコが消えたことで三度目のウギャァァァァァァをする羽目になった船長です。



Mystic_Art_DesignPixabay

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登場人物紹介

ケイコ

田舎育ちのケイコ。一人遊びが大好きで年中遊びに夢中な天然系。

マチコ

都会育ちのマチコは都会の喧騒に嫌気が指し旅に出ることに。
いつも、お姉さん風を吹かせています。

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