#4.2 囁く風
文字数 3,652文字
「私、寝てたの。でも、起きたの」
埠頭の先端で風に吹かれながら遠くの海を見つめるケイコ、寝坊して遅刻してしまいました。言い訳は『有り』ます。ケイコの家は年中無休で夜のままです。それでは到底、朝に目を覚ますことは不可能でしょう。それで、どうやって目を覚ませば良いのかと考えるケイコ。その結果、家に帰って寝ることにしました。
大きな葉っぱの上でゴロン、夜空の星を見つめるケイコです。そこで寝付けないケイコがとった行動はビヨーンと葉っぱの上で暴れることでした。そうすれば当然、葉っぱから落ちてしまうもの。でも、落ちてもただでは起きないケイコです。そのまま歩いて家を出てしまいました。
「アギャァァァァァァ」
窓から部屋の中を覗き込んでいるケイコに驚いたマチコです。ですが、それが最初ケイコだとは思わず、何か黒い影がうごめいて見えたからでしょう。早速、抗議するマチコです。
「ケイコ! なにやってるのよ」
すると、その影が言いました。
「寝てたの、起きたの」
「それがどうしたのよぉ。そんなところに居ないで、入ってきなさいよぉ、まったくぅ」
初めてマチコの部屋に入るケイコです。そのピンクだらけの部屋に、「ほおぉぉぉ」と、何とも言えない感想を漏らすのでした。それを馬鹿にされたと受け取ったマチコは、
「なによぉ、なんか文句あるのぉ?」に、
「ほおぉぉぉ」と返すだけのケイコです。
「ところであんたぁ、なにしに来たのよぉ。もしかして寂しくなったとかぁ? それとも自分の家がどこだか分からなくなったとかぁ? あんたなら有り得るわねぇ」
「朝、起きるの。そしてお舟に乗るの」
「あっそ。どうでもいいけどぉ、もう寝るわよぉ。あんたはどうすんのぉ?」
「寝る」
「あっそ」
こうして何故だかベットで一緒に寝ることになったケイコとマチコです。そのベットに飛び込んだケイコは、
「ウッヒョー」と驚き初体験のベットで有頂天になりました。それに、
「ちょっとぉ、静かにしてよねぇ。これだからケイコはぁ」と注意しましたが、
「ウッヒョー」と、何時もの聞き分けのないケイコでした、グースヤスヤ。
こうして夜も更けた頃、隣でグースカと眠るマチコとは対照的に、燥 ぎ過ぎてもなおケイコは目を爛々と輝かせていました。そして朝を待ち遠しく思うのでした。
◇
「私、夜の女なの」
明け方の埠頭で暗い海を眺めるケイコの姿がありました。結局、興奮のあまり一睡も出来なかったネムネムのケイコ。マチコのベットから抜け出し、夜な夜な港に来てしまった時刻こそ、偶然にも約束の時間となりました。
そこに、港を出港したばかりの漁船がポコポコとやってきました。風は船にとっては追い風、ケイコには迎え風。その船がケイコの目の前を通り過ぎると、例によって「トウォォォ」と風に飛び込み、追い風に乗って乗船。そのまま操舵室に向かうケイコです。
「うおぉぉぉぉぉぉ」とは船長がケイコとの再会を歓喜した、かどうかは知りませんが、とにかく叫びました。
ケイコが乗り込んだ船が、約束の船であったのはたまたま、偶然です。まだ夜明け前であり、船がしっかりと見えない状況、かつ、そもそもどんな船だったのかさえ記憶していないケイコです。これは偶然であっても必然、運命なのでしょう。その運命から逃れられないと悟り、覚悟を決めた船長です。
「そうか、約束したんだったな。でも!」
言い訳をアレコレと考える船長です。ですが、そうそう良い案など思い浮かびませんし、考えてもいませんでした。それは昨日、悪魔と出会わなかったことで逃げ切れたと安心していたからです。そんな甘い自分を後悔しました。それでも、なんとか挽回したい船長です。
「でも! ここんところ不漁続きなんだ。せめて、漁から戻るまで待ってくれないか」
船長の渾身の嘆願にケイコは無言を貫きます。寝言は寝てる時に言え、または、聞く耳持たん、という強固な態度です。
それでも、一度は覚悟したものの、(このまま黙って引き下がる訳にはいかぬ。世界よ、もう少し俺にチャンスをくれないか)。そう決意した船長は悪魔の申し子であるケイコと真正面から向き合う、避けては通れぬ茨の道を選びました。
スヤスヤ。その頃、ケイコは船長の隣の席でお休みしていました。そのあどけない寝顔にホッとする船長。どうやら交渉は延期となり、世界の滅亡も延期となったようです。その隙にと船の速度を上げ、漁場に急ぐ船長です、ゴーゴーゴー。
◇
長い時間が経った頃、船はポコーポコーと力なく進んでいました。向かうは港、戻るべき場所ですが、今日も不漁だった船長は帰りたくありません。思はず、
「チクショォォォ、これじゃぁぁぁ、廃業だぁぁぁ」と誰もいない海で叫ぶのでした。このままでは船も奪われ踏んだり蹴ったりです。それもこれも悪魔に目を付けられた不運を嘆くばかり。コンチクショウと隣で寝ている小悪魔ケイコを睨みつけます。
その時、船長に黒い考えが浮かびました。それは、(クースカピーと寝ている小悪魔ケイコを海に捨ててしまえ、誰も見ていないじゃないか。そうすれば全て解決だ)、と悪魔が囁くのです。
もちろん、そんな酷いことをする船長ではありません。これでも結構、良心的な人なんです、なんですよ、そのはずですよって、なんでしょうか、その伸びた手は。まさか、心まで悪魔に売り渡したとでも言うのですか! 仕方ありませんね。
「ふあぁぁぁっと」
おっと、ケイコが両手を上げて欠伸をしています。どうやら夢が終わり、目が覚めたようです。これで船酔いせずに済みました、チっ。
「おはよう、おじさん」
ケイコの挨拶で咄嗟に手を引っ込めた船長です。そしてその手で頭をかきながら、また言い訳を考える船長、(悪事がバレた。いやいや、そんなはずがない、でももしかして)、とクルクルと考え続けます。
「ここは、どこ? おじさん」
ケイコの問いに、ここは地獄の一丁目だよ、と言いたいのをグッと我慢し、
「俺の船を取らないでくれ。それに、こんな小さい船で何が出来るって言うんだ。世界が欲しんだったら、もっと大きな船を狙ってくれよ。不漁続きで、こっちは大変なんだよ。なあ、頼むよ」
我慢していたはずが、思わず全て吐き出してしまった船長です。あなたの言動に世界の運命がかかっていることをお忘れか? この、へっぽこオヤジめ! と神からの叱咤が聞こえてきそうです。
ポコポコ。静かな海に船のエンジン音だけが聞こえて参ります。思い切って言ってしまった船長は、恐る恐る悪魔の様子を伺います。すると、苦悩に満ちた顔のケイコが腕組みをしながら「う〜ん」どう落とし前をつけさせようかと思案中、のように見えました。
「不良ってなあに? マチコ?」
意外な質問に「なっ」と言葉を詰まられせる船長。しかしここは話を逸らすチャンスとばかりに続けます。
「不漁ってのは、魚があんまり取れないってこと。それがここんとこ続いてて、もう勘弁してくれって。大変なんだ、困ってるんだよ」
「ふ〜ん。おじさん、お魚欲しいの?」
「そんなんだよ、わかってくれるかい?」
沈黙のケイコです。その次の言葉を固唾を飲んで待つ船長。これはきっと、(甘えてんじゃねぇ、約束は約束だ、四の五の抜かしてんじゃねぇ、世界を支配するぞ)、と言ってくるに違いないと、半ば絶望する船長です、はぁ。
「仕方ないわね」
どうやらケイコは方針を決めたようです。その結果、トコトコブーンと無言で操舵室を飛び出ると船首に向かい、そこで何やら叫び始めたようです。その奇怪な様子に、この世の終わりは近いと確信した船長、それでもどこかに希望を見出したい気分です。
暫くすると、一羽の海鳥が船と並行し、ケイコと何やら会話しているような、そんな雰囲気です。そうして、『あばよ』という感じで海鳥が飛び去ると、きつい目をして振り向いたケイコ、その手が『あっち』を指しています。それに「ん?」の船長です。
これはもしかして、『その方向に行け、さもないとお前の命は無いぞ』、と察した船長は止む無く船の舵を切るのでした。そうして暫くすると今度はケイコから止まれの合図、命には変えられんと命令に従います。そしてブーントコトコと操舵室に戻ってきたケイコです。
「ここ、お魚一杯いるって」
ケイコからお告げがありましたが、それを信じられない船長です。それは長年の経験と勘が沈黙し、ピクリとも感性に訴えてこなかったからでしょう。(素人の、それも悪魔の声に騙されるような俺ではない)、と言い返したいところですが、笑顔のケイコが『ほれ、ここじゃよ、ここ。はよ、やらんか』と無言で迫ってきています。それに逆らえる勇気も根性も尽き果てていた船長は、悪魔の気が変わらぬ内にと、指示に従うだけの奴隷根性を会得したのでした。
◇
埠頭の先端で風に吹かれながら遠くの海を見つめるケイコ、寝坊して遅刻してしまいました。言い訳は『有り』ます。ケイコの家は年中無休で夜のままです。それでは到底、朝に目を覚ますことは不可能でしょう。それで、どうやって目を覚ませば良いのかと考えるケイコ。その結果、家に帰って寝ることにしました。
大きな葉っぱの上でゴロン、夜空の星を見つめるケイコです。そこで寝付けないケイコがとった行動はビヨーンと葉っぱの上で暴れることでした。そうすれば当然、葉っぱから落ちてしまうもの。でも、落ちてもただでは起きないケイコです。そのまま歩いて家を出てしまいました。
「アギャァァァァァァ」
窓から部屋の中を覗き込んでいるケイコに驚いたマチコです。ですが、それが最初ケイコだとは思わず、何か黒い影がうごめいて見えたからでしょう。早速、抗議するマチコです。
「ケイコ! なにやってるのよ」
すると、その影が言いました。
「寝てたの、起きたの」
「それがどうしたのよぉ。そんなところに居ないで、入ってきなさいよぉ、まったくぅ」
初めてマチコの部屋に入るケイコです。そのピンクだらけの部屋に、「ほおぉぉぉ」と、何とも言えない感想を漏らすのでした。それを馬鹿にされたと受け取ったマチコは、
「なによぉ、なんか文句あるのぉ?」に、
「ほおぉぉぉ」と返すだけのケイコです。
「ところであんたぁ、なにしに来たのよぉ。もしかして寂しくなったとかぁ? それとも自分の家がどこだか分からなくなったとかぁ? あんたなら有り得るわねぇ」
「朝、起きるの。そしてお舟に乗るの」
「あっそ。どうでもいいけどぉ、もう寝るわよぉ。あんたはどうすんのぉ?」
「寝る」
「あっそ」
こうして何故だかベットで一緒に寝ることになったケイコとマチコです。そのベットに飛び込んだケイコは、
「ウッヒョー」と驚き初体験のベットで有頂天になりました。それに、
「ちょっとぉ、静かにしてよねぇ。これだからケイコはぁ」と注意しましたが、
「ウッヒョー」と、何時もの聞き分けのないケイコでした、グースヤスヤ。
こうして夜も更けた頃、隣でグースカと眠るマチコとは対照的に、
◇
「私、夜の女なの」
明け方の埠頭で暗い海を眺めるケイコの姿がありました。結局、興奮のあまり一睡も出来なかったネムネムのケイコ。マチコのベットから抜け出し、夜な夜な港に来てしまった時刻こそ、偶然にも約束の時間となりました。
そこに、港を出港したばかりの漁船がポコポコとやってきました。風は船にとっては追い風、ケイコには迎え風。その船がケイコの目の前を通り過ぎると、例によって「トウォォォ」と風に飛び込み、追い風に乗って乗船。そのまま操舵室に向かうケイコです。
「うおぉぉぉぉぉぉ」とは船長がケイコとの再会を歓喜した、かどうかは知りませんが、とにかく叫びました。
ケイコが乗り込んだ船が、約束の船であったのはたまたま、偶然です。まだ夜明け前であり、船がしっかりと見えない状況、かつ、そもそもどんな船だったのかさえ記憶していないケイコです。これは偶然であっても必然、運命なのでしょう。その運命から逃れられないと悟り、覚悟を決めた船長です。
「そうか、約束したんだったな。でも!」
言い訳をアレコレと考える船長です。ですが、そうそう良い案など思い浮かびませんし、考えてもいませんでした。それは昨日、悪魔と出会わなかったことで逃げ切れたと安心していたからです。そんな甘い自分を後悔しました。それでも、なんとか挽回したい船長です。
「でも! ここんところ不漁続きなんだ。せめて、漁から戻るまで待ってくれないか」
船長の渾身の嘆願にケイコは無言を貫きます。寝言は寝てる時に言え、または、聞く耳持たん、という強固な態度です。
それでも、一度は覚悟したものの、(このまま黙って引き下がる訳にはいかぬ。世界よ、もう少し俺にチャンスをくれないか)。そう決意した船長は悪魔の申し子であるケイコと真正面から向き合う、避けては通れぬ茨の道を選びました。
スヤスヤ。その頃、ケイコは船長の隣の席でお休みしていました。そのあどけない寝顔にホッとする船長。どうやら交渉は延期となり、世界の滅亡も延期となったようです。その隙にと船の速度を上げ、漁場に急ぐ船長です、ゴーゴーゴー。
◇
長い時間が経った頃、船はポコーポコーと力なく進んでいました。向かうは港、戻るべき場所ですが、今日も不漁だった船長は帰りたくありません。思はず、
「チクショォォォ、これじゃぁぁぁ、廃業だぁぁぁ」と誰もいない海で叫ぶのでした。このままでは船も奪われ踏んだり蹴ったりです。それもこれも悪魔に目を付けられた不運を嘆くばかり。コンチクショウと隣で寝ている小悪魔ケイコを睨みつけます。
その時、船長に黒い考えが浮かびました。それは、(クースカピーと寝ている小悪魔ケイコを海に捨ててしまえ、誰も見ていないじゃないか。そうすれば全て解決だ)、と悪魔が囁くのです。
もちろん、そんな酷いことをする船長ではありません。これでも結構、良心的な人なんです、なんですよ、そのはずですよって、なんでしょうか、その伸びた手は。まさか、心まで悪魔に売り渡したとでも言うのですか! 仕方ありませんね。
「ふあぁぁぁっと」
おっと、ケイコが両手を上げて欠伸をしています。どうやら夢が終わり、目が覚めたようです。これで船酔いせずに済みました、チっ。
「おはよう、おじさん」
ケイコの挨拶で咄嗟に手を引っ込めた船長です。そしてその手で頭をかきながら、また言い訳を考える船長、(悪事がバレた。いやいや、そんなはずがない、でももしかして)、とクルクルと考え続けます。
「ここは、どこ? おじさん」
ケイコの問いに、ここは地獄の一丁目だよ、と言いたいのをグッと我慢し、
「俺の船を取らないでくれ。それに、こんな小さい船で何が出来るって言うんだ。世界が欲しんだったら、もっと大きな船を狙ってくれよ。不漁続きで、こっちは大変なんだよ。なあ、頼むよ」
我慢していたはずが、思わず全て吐き出してしまった船長です。あなたの言動に世界の運命がかかっていることをお忘れか? この、へっぽこオヤジめ! と神からの叱咤が聞こえてきそうです。
ポコポコ。静かな海に船のエンジン音だけが聞こえて参ります。思い切って言ってしまった船長は、恐る恐る悪魔の様子を伺います。すると、苦悩に満ちた顔のケイコが腕組みをしながら「う〜ん」どう落とし前をつけさせようかと思案中、のように見えました。
「不良ってなあに? マチコ?」
意外な質問に「なっ」と言葉を詰まられせる船長。しかしここは話を逸らすチャンスとばかりに続けます。
「不漁ってのは、魚があんまり取れないってこと。それがここんとこ続いてて、もう勘弁してくれって。大変なんだ、困ってるんだよ」
「ふ〜ん。おじさん、お魚欲しいの?」
「そんなんだよ、わかってくれるかい?」
沈黙のケイコです。その次の言葉を固唾を飲んで待つ船長。これはきっと、(甘えてんじゃねぇ、約束は約束だ、四の五の抜かしてんじゃねぇ、世界を支配するぞ)、と言ってくるに違いないと、半ば絶望する船長です、はぁ。
「仕方ないわね」
どうやらケイコは方針を決めたようです。その結果、トコトコブーンと無言で操舵室を飛び出ると船首に向かい、そこで何やら叫び始めたようです。その奇怪な様子に、この世の終わりは近いと確信した船長、それでもどこかに希望を見出したい気分です。
暫くすると、一羽の海鳥が船と並行し、ケイコと何やら会話しているような、そんな雰囲気です。そうして、『あばよ』という感じで海鳥が飛び去ると、きつい目をして振り向いたケイコ、その手が『あっち』を指しています。それに「ん?」の船長です。
これはもしかして、『その方向に行け、さもないとお前の命は無いぞ』、と察した船長は止む無く船の舵を切るのでした。そうして暫くすると今度はケイコから止まれの合図、命には変えられんと命令に従います。そしてブーントコトコと操舵室に戻ってきたケイコです。
「ここ、お魚一杯いるって」
ケイコからお告げがありましたが、それを信じられない船長です。それは長年の経験と勘が沈黙し、ピクリとも感性に訴えてこなかったからでしょう。(素人の、それも悪魔の声に騙されるような俺ではない)、と言い返したいところですが、笑顔のケイコが『ほれ、ここじゃよ、ここ。はよ、やらんか』と無言で迫ってきています。それに逆らえる勇気も根性も尽き果てていた船長は、悪魔の気が変わらぬ内にと、指示に従うだけの奴隷根性を会得したのでした。
◇