#4.4 凪
文字数 3,550文字
シュパーン・ポコポコ。大漁で満腹の船は港に向かって快調に進んで参ります。船長の気分も最高、イルカに乗って遊んだケイコもご満悦、高速イルカに振り落とされまいとマチコも頑張りました。全員、疲れてはいても満たされた心を抱いての帰路となりました。
「アーハハハ、今日も大漁だぁ、なあ、相棒!」
上機嫌の船長は、これでもか! という笑顔で、疲れて横になっているケイコたちを優しく見守るのでした。序でに汽笛を鳴らしてのはしゃぎよう。あれもこれも海の神、漁の神のお陰と、出会いに感謝する船長です。
シュパーン。まだ港は見えませんが、それももうじき。穏やかで風一つない海が、全て上手くいった、あとは帰るだけだと言わんばかりの静寂で迎えている、ように思えた船長です。
シュパーン・ホーン。汽笛を鳴らしての景気付け。そしてもう一回、ホーン。更にもう一回、ホーン。またまたホーン、ホーン、ホーン。そんなに何度も鳴らして良いものでしょうか、ホーン。
「ちょっとぉ、うるさいんですけどぉ」
立て続けに鳴る汽笛にウトウトを邪魔されたマチコが、苦情を言いに操舵室へ。その時、シュパーン・ポコポコ・ポッポ・ポツンと船のエンジンが止まり、船はどんぶらこ状態となりました。
「おじさぁぁぁん、ちょっとぉ、おじさぁぁぁん」
何やら舵にしがみ付いている船長に声を掛けるマチコですが返答がありません。そこで船長の頭を蹴飛ばすと、そのまま倒れてしまいました。どうやら大漁で浮かれ過ぎたせいなのか、それともどこか具合が悪いのか。とにかく静かになった船です。
そこに寝ぼけたケイコがブーンと様子を見にやってきました。そうして倒れている船長の上に降り立ち、
「おっちゃん!」と呼び掛けましたが返事がありません。それですぐに「死んでるよおおお」と騒ぎ始めたケイコです。
「はあ?」
冷静なマチコは倒れている船長の脇に立ち、注意深く観察しました。結果、口から泡を吹いて倒れているだけです。多分、まだ息はある? でしょうから生きている? のでしょう。そこで、
「死んでないよ、きっと」とケイコに教えてあげますが、相変わらず聞く耳を持たないケイコは、
「早くお医者さんに見せて解剖しなきゃ」と慌てるばかりです。
「早くって言ってもねぇ、そのうち目が覚めるんじゃないの」
「おっちゃあああん、起きろおおお」
こうして暫く、主人の意思を失った船は潮に流されながら漂流するのでした、どんぶらこん。
◇◇
倒れている船長を挟んで検討会議が開かれました。会議は長くても短くてもいけません、明確な目標を持って参加しましょう。では、ケイコからです。
「おっちゃん、死んだよね」
「まだよ」
「じゃあ、お医者さんにヨシヨシして貰おうよ」
「無理よ」
「なんで?」
「ここに居ないからよ」
「じゃあ、運んで行こうよ」
「無理よ」
「なんで?」
「面倒だからよ」
こんな調子でまだまだ続きますが、途中を割愛して、いかに港に戻るか、ということになりました。ではまた、ケイコからです。
「風で船を動かしてよ、前みたいに」
「無理よ」
「なんで?」
「面倒だからよ。それに、こんな大きな船を動かせる訳ないでしょう。それよりも、あんたの友達、あのイルカに押して貰ったらどうよ」
「イルカさん、帰ったよ」
「あっそ」
万策尽きたところで会議は終了です、お疲れ様でした。
◇◇
船尾に立つケイコとマチコです。そして海に向かって両手を挙げ、叫びます!
「エイヤー」
「ソイヤー」
爽やかな風が吹いて参りました。無駄だと分かってはいても、何もせずにはいられないケイコとマチコです。
風で船を動かす。それがケイコとマチコにとって唯一、出来る事でした。しかしその頑張りも船にとっては微々たるもの。何とかしようとするその意気込みだけは評価してあげましょう。
「ソイヤー」
「エイヤー」
どんなに頑張っても限界というものがあります。既にやる気を無くしたマチコに、諦める事を知らない、わからないケイコです。
「もう、だめ、むり」と泣き言を零すマチコに「えーん」と泣いてしまうケイコです。そんなケイコに「もう帰ろうよ」と言うマチコ、それに「やだもん」と拒否するケイコ、その顔にはまだ希望が残されていました。そして、「いいもん、呼ぶもん」と涙を吹き払い、元気よく両手を天に翳すのでした。
「来てええええええ!」
ケイコの叫びが、祈るような叫びが静かな海に響き渡ります。そして、そして、何も起こりません。そこで更に、
「来てええええええ!」と叫びます。それに、
「誰か、来るの?」とマチコが尋ねましたが、聞く耳を持たないケイコです。しかし、しかし、何も起こりません。そこでとうとう、
「来いよおおおおおお!」と叫ぶのでした。
それがどうした、の海は何も変わらず何も起こらず、小さなケイコの存在を嘲笑うかのように世界は無視したのでした、あうぅ。
何も起こらない? いいえ、その微かな違和感を最初に感じたのはマチコです。ほら、こう言っています。
「なに? 気色悪い、悪寒がするんだけどぉ」
マチコの勘は正しいようです。ほら、静かな海はどこまでも静かで、かえってそれが不自然なくらいの静寂に包まれてきたような。そして空気が重いです。それは空気感、または雰囲気と言い換えても良いでしょう。何か得体の知れない、重くはないはずの空気が『重い』と感じられる、そんな感覚に襲われたマチコ、キャーです。
「来たあああ、遅いよおおお」
ケイコの大声に、思わず船の後方を見つめるマチコ。そこには、その先には目には見えなくとも、はっきりと感じられる何かの何か、徒 ならぬ存在を感じるのでした。
「ちょっとぉぉぉ、何が来たっていうのよぉぉぉぉぉぉ」
はい、マチコの疑問に答えましょう。それは『風神』、その方の降臨であらせられます。そのお姿は見えなくても威圧感というか存在感が半端ないです。その方に対して、
「船を押してえええ」と頼むケイコ、お知り合いなんでしょうか。
ケイコの声に反応してか、『風神』が居るであろう空間の密度が濃くなったような気がするマチコ、伊達に『風の子』ではありません。
そうして何かが何かすると、その濃い部分から何かが一気に。それは『風』そのものです、そしてすごい勢いでウネリだし、海ごと船を高く持ち上げると、大きな波となって船を、まるでサーフィンでもしているかのように滑られていくのでした、ゴォォォォォォ。
「ウッキョウー」と叫びながら『風神』に手を振るケイコ、
「速いよぉ、落ちるよぉぉぉ」と船にしがみつくマチコ、
「ううっ」と呻き声の船長です。
船は猛スピードで海を進み、あっという間に陸が、港が見えて参りました。
◇
このまま進めば港に激突か! ということで船の右側にしがみ付くケイコとマチコです。えっ? 小さくて軽いのに、そんなことして意味があるのかって? はい、あります。ケイコとマチコが力を合わせ、横風を吹かせています。こうすることで船が右方向へと僅かに進路が変わるのです。その僅かな差で船は港を逸れ、隣の浜辺へと真っしぐら、ゴー、ゴー。
「およ」
操舵室で倒れていた船長の目がパチリと開きました。そうしてヨロヨロと立ち上がるとキョロキョロと現状確認。しかし、はっきりとしない頭では何を見ても、そんなものかぁ、程度の認識でしかありません。そんな状態で前方をぼんやり見ていると何かが近づいてくる、そんな風に思ったようです。ですが、それは逆、何かが近づいているのではなく、こちらから浜辺に向かっている、えらいこっちゃっ、です。そこで気が動転した船長、とにかく汽笛をボォォォォォォと鳴らしたのでした。
しかし船は暴走状態、いくら港への激突が回避できたとしても、このままでは無事では済まないでしょう。ところがです。船の前に大きな波が立ちはだかりました。それによって船は急ブレーキ、浜辺の手前で穏やかに止まることが出来ました、ふー。
最後の波の正体、それは『風神』のアフターサービスです。流石は神様ということでしょう。この騒ぎで大勢の人が船に集まってきました。そこでマチコはケイコの手を引いて、
「帰るわよ」と。それに、
「だってぇ」と愚図るケイコです。
「人のことはね、人に任せればいいのよ、さっ、行こっ」
「うん」
「あっ、そうだ。家も持っていくのよ。船の上はごめんだわ」
「へへ」
大勢の人に担がれた船長はその後、無事に解剖、いえ、治療を受け元気になったそうです、めでたし、めでたし。
◇
「アーハハハ、今日も大漁だぁ、なあ、相棒!」
上機嫌の船長は、これでもか! という笑顔で、疲れて横になっているケイコたちを優しく見守るのでした。序でに汽笛を鳴らしてのはしゃぎよう。あれもこれも海の神、漁の神のお陰と、出会いに感謝する船長です。
シュパーン。まだ港は見えませんが、それももうじき。穏やかで風一つない海が、全て上手くいった、あとは帰るだけだと言わんばかりの静寂で迎えている、ように思えた船長です。
シュパーン・ホーン。汽笛を鳴らしての景気付け。そしてもう一回、ホーン。更にもう一回、ホーン。またまたホーン、ホーン、ホーン。そんなに何度も鳴らして良いものでしょうか、ホーン。
「ちょっとぉ、うるさいんですけどぉ」
立て続けに鳴る汽笛にウトウトを邪魔されたマチコが、苦情を言いに操舵室へ。その時、シュパーン・ポコポコ・ポッポ・ポツンと船のエンジンが止まり、船はどんぶらこ状態となりました。
「おじさぁぁぁん、ちょっとぉ、おじさぁぁぁん」
何やら舵にしがみ付いている船長に声を掛けるマチコですが返答がありません。そこで船長の頭を蹴飛ばすと、そのまま倒れてしまいました。どうやら大漁で浮かれ過ぎたせいなのか、それともどこか具合が悪いのか。とにかく静かになった船です。
そこに寝ぼけたケイコがブーンと様子を見にやってきました。そうして倒れている船長の上に降り立ち、
「おっちゃん!」と呼び掛けましたが返事がありません。それですぐに「死んでるよおおお」と騒ぎ始めたケイコです。
「はあ?」
冷静なマチコは倒れている船長の脇に立ち、注意深く観察しました。結果、口から泡を吹いて倒れているだけです。多分、まだ息はある? でしょうから生きている? のでしょう。そこで、
「死んでないよ、きっと」とケイコに教えてあげますが、相変わらず聞く耳を持たないケイコは、
「早くお医者さんに見せて解剖しなきゃ」と慌てるばかりです。
「早くって言ってもねぇ、そのうち目が覚めるんじゃないの」
「おっちゃあああん、起きろおおお」
こうして暫く、主人の意思を失った船は潮に流されながら漂流するのでした、どんぶらこん。
◇◇
倒れている船長を挟んで検討会議が開かれました。会議は長くても短くてもいけません、明確な目標を持って参加しましょう。では、ケイコからです。
「おっちゃん、死んだよね」
「まだよ」
「じゃあ、お医者さんにヨシヨシして貰おうよ」
「無理よ」
「なんで?」
「ここに居ないからよ」
「じゃあ、運んで行こうよ」
「無理よ」
「なんで?」
「面倒だからよ」
こんな調子でまだまだ続きますが、途中を割愛して、いかに港に戻るか、ということになりました。ではまた、ケイコからです。
「風で船を動かしてよ、前みたいに」
「無理よ」
「なんで?」
「面倒だからよ。それに、こんな大きな船を動かせる訳ないでしょう。それよりも、あんたの友達、あのイルカに押して貰ったらどうよ」
「イルカさん、帰ったよ」
「あっそ」
万策尽きたところで会議は終了です、お疲れ様でした。
◇◇
船尾に立つケイコとマチコです。そして海に向かって両手を挙げ、叫びます!
「エイヤー」
「ソイヤー」
爽やかな風が吹いて参りました。無駄だと分かってはいても、何もせずにはいられないケイコとマチコです。
風で船を動かす。それがケイコとマチコにとって唯一、出来る事でした。しかしその頑張りも船にとっては微々たるもの。何とかしようとするその意気込みだけは評価してあげましょう。
「ソイヤー」
「エイヤー」
どんなに頑張っても限界というものがあります。既にやる気を無くしたマチコに、諦める事を知らない、わからないケイコです。
「もう、だめ、むり」と泣き言を零すマチコに「えーん」と泣いてしまうケイコです。そんなケイコに「もう帰ろうよ」と言うマチコ、それに「やだもん」と拒否するケイコ、その顔にはまだ希望が残されていました。そして、「いいもん、呼ぶもん」と涙を吹き払い、元気よく両手を天に翳すのでした。
「来てええええええ!」
ケイコの叫びが、祈るような叫びが静かな海に響き渡ります。そして、そして、何も起こりません。そこで更に、
「来てええええええ!」と叫びます。それに、
「誰か、来るの?」とマチコが尋ねましたが、聞く耳を持たないケイコです。しかし、しかし、何も起こりません。そこでとうとう、
「来いよおおおおおお!」と叫ぶのでした。
それがどうした、の海は何も変わらず何も起こらず、小さなケイコの存在を嘲笑うかのように世界は無視したのでした、あうぅ。
何も起こらない? いいえ、その微かな違和感を最初に感じたのはマチコです。ほら、こう言っています。
「なに? 気色悪い、悪寒がするんだけどぉ」
マチコの勘は正しいようです。ほら、静かな海はどこまでも静かで、かえってそれが不自然なくらいの静寂に包まれてきたような。そして空気が重いです。それは空気感、または雰囲気と言い換えても良いでしょう。何か得体の知れない、重くはないはずの空気が『重い』と感じられる、そんな感覚に襲われたマチコ、キャーです。
「来たあああ、遅いよおおお」
ケイコの大声に、思わず船の後方を見つめるマチコ。そこには、その先には目には見えなくとも、はっきりと感じられる何かの何か、
「ちょっとぉぉぉ、何が来たっていうのよぉぉぉぉぉぉ」
はい、マチコの疑問に答えましょう。それは『風神』、その方の降臨であらせられます。そのお姿は見えなくても威圧感というか存在感が半端ないです。その方に対して、
「船を押してえええ」と頼むケイコ、お知り合いなんでしょうか。
ケイコの声に反応してか、『風神』が居るであろう空間の密度が濃くなったような気がするマチコ、伊達に『風の子』ではありません。
そうして何かが何かすると、その濃い部分から何かが一気に。それは『風』そのものです、そしてすごい勢いでウネリだし、海ごと船を高く持ち上げると、大きな波となって船を、まるでサーフィンでもしているかのように滑られていくのでした、ゴォォォォォォ。
「ウッキョウー」と叫びながら『風神』に手を振るケイコ、
「速いよぉ、落ちるよぉぉぉ」と船にしがみつくマチコ、
「ううっ」と呻き声の船長です。
船は猛スピードで海を進み、あっという間に陸が、港が見えて参りました。
◇
このまま進めば港に激突か! ということで船の右側にしがみ付くケイコとマチコです。えっ? 小さくて軽いのに、そんなことして意味があるのかって? はい、あります。ケイコとマチコが力を合わせ、横風を吹かせています。こうすることで船が右方向へと僅かに進路が変わるのです。その僅かな差で船は港を逸れ、隣の浜辺へと真っしぐら、ゴー、ゴー。
「およ」
操舵室で倒れていた船長の目がパチリと開きました。そうしてヨロヨロと立ち上がるとキョロキョロと現状確認。しかし、はっきりとしない頭では何を見ても、そんなものかぁ、程度の認識でしかありません。そんな状態で前方をぼんやり見ていると何かが近づいてくる、そんな風に思ったようです。ですが、それは逆、何かが近づいているのではなく、こちらから浜辺に向かっている、えらいこっちゃっ、です。そこで気が動転した船長、とにかく汽笛をボォォォォォォと鳴らしたのでした。
しかし船は暴走状態、いくら港への激突が回避できたとしても、このままでは無事では済まないでしょう。ところがです。船の前に大きな波が立ちはだかりました。それによって船は急ブレーキ、浜辺の手前で穏やかに止まることが出来ました、ふー。
最後の波の正体、それは『風神』のアフターサービスです。流石は神様ということでしょう。この騒ぎで大勢の人が船に集まってきました。そこでマチコはケイコの手を引いて、
「帰るわよ」と。それに、
「だってぇ」と愚図るケイコです。
「人のことはね、人に任せればいいのよ、さっ、行こっ」
「うん」
「あっ、そうだ。家も持っていくのよ。船の上はごめんだわ」
「へへ」
大勢の人に担がれた船長はその後、無事に解剖、いえ、治療を受け元気になったそうです、めでたし、めでたし。
◇