#2.2 窓の風

文字数 2,594文字

周囲が暗くなってくると、それまで輝いていた船も黒ずんできました。その船が掻き分ける水しぶきが時々、ケイコの顔に跳ねてきます。それを、シュパ、ぺっと手で振り払うケイコ、とにかく、ここから、この状況から抜け出したい一心のマチコ、それぞれ頑張っていました。

長い洞窟、そこは何時か終わるもの、のはず。その期待に応えるかのように希望の光が見えて参りました。黒ずんでいた船も輝きを取り戻し、本来の色である銀色に光り輝き始めます。そしてケイコとマチコの瞳も光を反射してキラキラと輝くのでした。

ついに洞窟を抜けたケイコたちに、眩い光が降り注ぎます。抜けるような青い空、穏やかな風と波が出迎えてくれました。

「ひゃぁぁぁ、ひゃぁぁぁぁぁぁ」
「うるさいよ、マチコ」

両手を上げて喜ぶマチコは、今までの気苦労が一瞬で吹き飛んでいくような、そんな開放感に我を忘れて叫び狂うのでした。それを冷めた目で見つめるケイコです。

「エェェェェェ、うっそぉぉぉぉぉ」
「ねえマチコ、バカでしょう、そうでしょう」

マチコが驚くのも無理はありません。何故なら……船に乗って辿り着いた場所、それはなんと、マチコが暮らしていた都会ではありませんか。それに、こんなに近いはずがないのです。何日も風に揺られ、挫けそうな心を励ましながら、でもないですが、そう簡単に行き来できる距離ではありません。

でもでも、来てしまいました。マチコにとっては、何時かは帰ろうと思っていた場所です。それが、洞窟を挟んで、こんなにも早く、こんなにもお手軽に来てしまったのです。嬉しいやら残念みたいな、そんな、ぐちゃぐちゃに混じった気持ちがマチコの中で渦巻いたのです、グルグル。

ケイコとマチコの乗った銀色の船は、帆をたたみ、ゆっくりと岸に近づいていきます。そして接岸、到着です。

そうして船を降りたケイコとマチコ。すると船は無情にもケイコたちを置いていくように、勝手に船出していきました。

「さようなら〜」と手を振って見送るケイコ、なんで行っちゃうのよぉ? と不思議そうに見送るマチコです。そして、マチコを見つめるケイコ。ねえ、これからどうするの? と言いたげな眼差しをマチコにぶん投げました。

そんなケイコを無視して岸辺から近くの道路に出てみるマチコ、その後をケイコが付いて行きます。そこから見える光景は、マチコにとっては、確かに住み慣れた街そのもです。但し、人も走る車もありません。この付近だけなのか、それとも、この街全体がそうなのかは分かりません。

よく知っている街、懐かしい街。ですがそこに活気はなく、ただただ静かに佇んでいるだけなのです。それを一言で言えば、『違和感』なのでしょう。似て非なるもの、です。

誰も居ない森、誰も居ない砂浜。そんな静けさとは異質な、そう、言ってしまえば人の営みが感じられない、何時か誰かがやって来る、そんな予感すらしない場所でした。

自分が知っているはずの街が他人の振りをしている、そんなモヤっとした気持ちで佇んでいるマチコのもとに、ガッタンゴットンと路面電車が走って参りました。黄色の車体に緑のラインの入った、とてもカラフルな(おもむき)のある電車です。それを見つけた瞬間、大はしゃぎのケイコです。

「なにあれなにあれ、ねえ、マチコ、あれ、なに? 芋虫?」
「あれは……あれよ」

ガッタンゴットン。微かに揺れが足元に伝わってきます。「オォゥオォゥ」と驚き喜んでいるのは何時ものケイコ。何かが違うと「ううん?」と警戒中のマチコです。その違いとは、路面電車が目の前まで来たところで分かりました。

ガッタンゴットン、キー。路面電車が停車し、乗降口が開きました。早速、そこから乗り込むケイコです。えっ? 何で乗ってしまうのかって? それは扉が開いたからです。開いたということは迎えられたということ、さあ、いらっしゃいと言われたようなものです、とケイコは素直に反応しただけ、ケイコホイホイです。

「ちょっとぉ、待ちなさいよぉ、ケイコぉ」

マチコの制止も聞かず、先に行ってしまうケイコ。思い出せば今までマチコの制止を一度も聞いたことがないケイコです。

ところで、初めて見る路面電車に動じないケイコに対して、大いに動揺しているマチコです。それは路面電車の大きさ、サイズにあるでしょう。何故なら、その大きさが自分たちにとって、丁度良い大きさだからです。

本来なら車輪よりも小さいケイコたちです。ということは、ケイコたちが大きくなったのか、それとも路面電車だけではなく街全体が小さくなっている、のどちらかでしょう。勿論、マチコは路面電車に乗ったことはありません。あれは遠くから眺めるものでしたから。

ガッタンゴットン、ゴー。路面電車が発車しました。車内にはケイコたち以外、誰もおらず運転手もいません。それでも川沿いを優雅にガッタンゴットンしていきます。

「ねえねえ、見てよ、なによあれ、ねえ、ねえ」

進行方向左側は大きな川、もしくは海かもしれません。そして右側は低い建物が続きます。そんな流れる風景にワクワク・ドキドキのケイコ、一方、なんなのここは? のマチコです。

そのマチコですが、路面電車の座席に座り、コトコトと揺られているうちに、目がとろ〜んとしてきました。その眠気に贖いながら、「静かにしなさいよぉ」と言ったものの、頭がカク、肩もカクっとなり、おも〜い瞼がトジトジになってしまいます、スー。

ハッとして目が覚めたマチコです。路面電車はいつの間にか停車しており、辺りをキョロキョロ。現状確認、左よし、右よし、誰もいない、誰もいない? その時、ケイコが路面電車から降りる姿が見えました。

「ケイコ! なに降りてんのよぉぉぉ」と叫びましたが、何時ものように聞く耳持たずのケイコです。慌てたマチコもケイコを追いかけ、トリャァァァと路面電車を降りると、扉がピシャー、コキゴキゴーと路面電車は走り出しました。ですが、降りた場所にケイコの姿が見当たりません。ケイコ? ケイコはどこに行ったぁぁぁ。

すると、走り去る路面電車の窓から手を振るケイコの姿が! 見えるではありませんか。それはまるで、

「マチコ〜、バカなの〜」と言っているように見えた聞こえたマチコでした。

◇◇
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登場人物紹介

ケイコ

田舎育ちのケイコ。一人遊びが大好きで年中遊びに夢中な天然系。

マチコ

都会育ちのマチコは都会の喧騒に嫌気が指し旅に出ることに。
いつも、お姉さん風を吹かせています。

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