#1.2 旅する風

文字数 3,574文字

何かが始まりそうな、そんなワクワクするような春の風が吹く頃。
都会から風が吹いて参りました。その風に、腰掛けるように乗っているのは都会育ちのマチコ。彼女もまた留まる風(シルフィード)です。

都会の喧騒に飽き飽きしてしまったマチコは、フラッと風に乗り、旅を始めました。それはまた都会に戻ることを意味していますが、日程も行き先も決めていない、風まかせの旅でもあります。

「本当に、何も無いわね」

マチコは丘陵の遥か上空を進んでいます。そこから見渡す世界に高い建物や多くの人が行き交う道も無く、ただ開けているだけの『何も無い』世界に見えたようです。

丘陵に咲き誇る花々や森の木々、遠くに霞んで見える海やその手前の町の様子は、都会育ちのマチコにとっては物足りないのでしょう。でも、過密した都会の雰囲気に嫌気が差し、旅に出ようと決めたマチコです。

そうして風にゆらゆらと揺られながら、「はあぁ、つまんない」と声に出した時、マチコの周囲に沢山のフワフワが舞い始めました。

「なんなのよぉ、鬱陶しい。これだから田舎の風は嫌なのよぉ」と言いながら、フワフワを手で払うマチコです。その時、綿毛になったタンポポに掴まりなが飛んでいる、というよりも漂っているケイコと出会いました。そして、お互い目が合うと、

「「あっ」」と声をあげるのでした。

ケイコはプイッと明後日(あさって)の方向に顔を向け、見なかった振りをしながらマチコの前を通り過ぎ、そのマチコはケイコの姿を目で追っていきました。

そうなんです。シルフィード同士が出会うことはとても珍しく、相手がシルフィードだというも分からなかったかもしれません。お互い、ハッとしてドキッ、です。

「ちょっとぉ、そこのあんたぁ」とマチコが叫ぶと、ケイコはパッとタンポポから手を離し、物凄い勢いで落ちていきました。それを追いかけるマチコです。

マチコは都会で何度か通りすがりのシルフィードと会ったことがあります。ですが、その殆どが一瞬で、声を交わしたことはありません。そう、都会のシルフィードはすばしっこいのです。なので、おっとりとしたケイコを見た時、これは逃げても追いつける、いえ、会話できるチャンスだと思ったようです。

タンポポの中に隠れたケイコです。ですが、真上から見ているマチコには丸見え。それに気づいたケイコはタンポポを1本、手に取ると綿毛を後ろにして跨り、ビューンと低空飛行、一瞬にして綿毛が無くなってしまいました。

「ちょっとぉ、待ちなさいよぉ、あんたぁぁぁ」とマチコは呼び掛けますが、一目散に逃げるケイコです。そうなると、はい、鬼ごっこの始まりです。逃げるケイコ、追う鬼役のマチコ、どちらも真剣な眼差しで、追いつ追われつの熾烈な戦いが始まりました。

ケイコにとってはマチコが追いかけてくるから、マチコにすれば逃げるから、という理由だけで十分でしょう。必死で逃げるケイコよりは、風に乗って追いかけるマチコの方に余裕がありそうです。その差は僅か、あと少しで手が届きそうになった時、ブイーンと森に入って行くケイコとマチコです、ブイーン。

生い茂る木を丁寧に避けて行くマチコに比べ、器用に木々をすり抜けて行くケイコ、その差は開く一方です。飛びながら振り返る余裕のあるケイコは更に速度を増し、それを目で追いかけるのがやっとのマチコです。

そしてそしてとうとう、ケイコを見失ってしまったマチコは、そのまま森を抜けてしまい、そこでケイコを追いかけるのを諦めてしまいました。マチコを乗せた風はそのまま吹き続け、いつしか人里へと出て参ります。

「やっぱり、地元の子には敵わないわね。それにしてもあの子、どこに行ったのかしら」と呟きながらマチコは人里も抜けると、砂浜の綺麗な海辺に辿り着いたのでした。

寄せては戻る波を眺めながら、「あぁ、つまんない」と嘆くマチコの足元に、波がザブーンと押し寄せてきます。すると、

「なに? 私に挑むつもりなの? はあ? わかったわよ、いいわ、受けてあげる」となにやら独り言をぶつぶつ言いだしたマチコです、頭でも打ったのでしょうか。

マチコは靴を脱いで裸足になると、片手を上げ風を掴むと、スーッと沖合に向かいます。そこでクルッと反転、陸に向かって移動し始めました。そして――来ました、ビックウェーブ、大波、ザブーンゾゾゾです。

風から手を離したマチコは裸足で波の上を、正確には波と足の裏の間には微かな隙間があるのですが、ジャジャスーと、まるでサーフィンをしているかのように滑っていきます。そして少し屈んで両手を水平に伸ばすと、「ヒャッハー、ヒュー」と大はしゃぎです。

そうして波が静まると、また風を掴んでは沖合に向かい、そして波乗りをしながら雄叫びをあげる、そんな御満悦のマチコです、ヒャッハー。

「どうぉ? まいったぁ? どんなもんよ、私!」と拳を上げて勝ち誇るマチコの目に、物陰に隠れながらこっそりと覗いているケイコの姿が見えました。そして、

「「あっ」」と同時に声をあげるのでした。しかし、またまた逃げてしまうケイコです。

「なんなのよぉ、あの子ぉ。きっと友達も居ない寂しい子なのねぇ」と呟いたマチコは、波乗りに飽きてしまったのでしょう。脱いだ靴を持ち上げると、そのまま一歩踏み出します。

するとどうでしょう。世界が、マチコの世界に変わりました。そこは……世界というと大袈裟ですが小さなお部屋です。その部屋は壁も天井もピンク色、そしてベット、テーブル、椅子まで全てがピンク色になっています。ただし、窓を通して見える外はどこかの夜空が見える不思議な部屋になっていました。

ベットに腰掛けたマチコは、「あぁ、もう眠いやぁ、明日にしましょう」と言いながらベットでスヤスヤと眠るのでした。しかし、怖い夢でも見ているのでしょうか、時々、うなされるように「うぅぅぅ」とか「キぃぃぃ」と叫んでいました。

そうして迎えた朝、窓からはサンサンと陽の光が差し込み、マチコの目覚めを誘うのでした。ギャホン! いいえ、眠りを襲う酷い叫び声で目が覚めたのでした、ギャホン!

「なによぉ、だれよぉ、こんな朝っぱらなに騒いでんのよぉ」と眠い目を擦りながら窓の外を覗くマチコです。そこには海で溺れているケイコの姿が見えました。ケイコは浮いたり沈んだりを繰り返し、そして、スポッと飛び上がっては上空に跳ね上がっていました。

「えぇぇぇぇ、なにやってるのぉぉぉ、あの子」
起きたばかりで頭の回らないマチコは、ただ、ケイコのそんな様子を眺めているだけです。

ところで、話は変わりますが彼女たちが寝る時、背中の羽が邪魔だと思いませんか? ええ、そうなんです。ですが、便利なのかどうかは知りませんが、彼女たちが眠りにつくと、あら不思議、背中の羽が消えてしまい、羽の無いすっきりとした姿になるのです。そして目覚めると、あら不思議、背中にいつも通り羽がパタパタと有るではないですか。

そんな不思議なことになっているのですが、彼女たちが寝ている時のことなので本人は知らないのです、内緒ですよ。

さて、ケイコの方ですが、どうやらマチコの真似をして波乗りに挑戦している最中のようです。ですが肝心のアレが上手くいきません。だから何度やっても失敗し、海にギャポンと落ちてしまうのです、はい。

「あぁ、あれじゃあ無理。あの子には無理ってものよぉ。全く、全然わかってないのねぇ」とケイコの無謀な挑戦にプンプンのマチコです。それでも、何度も挑戦を止めないケイコです。遊ぶ時は一生懸命、それがどんなに辛くとも挫けることなく、マチコの華麗な波乗りを思い浮かべながら、いつか自分もと頑張ります。

イライラマックスのマチコは居ても立っても居られません。つい、「そうじゃない、アレしないと何時まで経っても出来ないわよぉ」とブツブツ、部屋の中でウロウロです。そうして我慢できなくなったマチコは一歩を踏み出したのです。

マチコは風を掴んで、波に弄ばれているケイコのもとに直行、ケイコが風から手を離した瞬間にケイコの両手を掴みました。その間、ずっと目を閉じていたケイコは波乗りに成功したと勘違いしてバンザーイ、です。

そうして目を開けると、目の前にはマチコの顔が。それに慌てるケイコ、ホンギャーです。そして足をバタつかせて暴れるケイコに、

「足の裏に風を送るのよぉぉぉ」とアドバイスしながら実際に風をケイコに送ってみせるマチコです。すると、微かに浮き上がったケイコの足の裏を水面が走っていき、取り敢えず波乗りは成功です。それに歓喜して「キャアァァァァ」と笑顔いっぱいで叫ぶケイコでした。

◇◇
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登場人物紹介

ケイコ

田舎育ちのケイコ。一人遊びが大好きで年中遊びに夢中な天然系。

マチコ

都会育ちのマチコは都会の喧騒に嫌気が指し旅に出ることに。
いつも、お姉さん風を吹かせています。

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