#8.1 雪原の風

文字数 3,297文字

秋の風がコンコンと吹いて、それが去った頃。

冬の風と共に雪が降って参りました。どこもかしこも一面の雪。そうなってはジッとしていられないケイコの出番です。冷たそうな冬の風に乗って、空高く舞い上がり、キリッとした目で眼下の雪山を覗いています。

それはまさに『挑戦者の目』ということでしょう。お口もキリリと閉じ、どこに突っ込もうかと計画を練っていきます。この場にはお邪魔で口うるさいマチコの姿はありません。きっと誘っても来ることはなかったでしょう。それほどマチコはヘタレなのです、とこれはケイコの感想です。

降り続ける雪も何のその、視界が悪くても何のその、風が強くてもへっちゃらの私、と自らを鼓舞するケイコの妄想が続きます。

ヒューン、ビューン。

吹き荒れる風と雪。そんな中で絶好の突っ込みポイントを決めるのは至難の技。しかし、「私に任せて」と呟き、目をキョロキョロさせます。その姿は武者が馬を駈るが如し、です。

因みに、風に乗っている姿はそれぞれ。マチコのそれは椅子に腰けるように、ケイコの場合は馬に跨る風です。ですから余計に勇ましく見えるのでしょう。

視界に広がる銀世界、まして吹雪く中ではどこを見渡しても、その違いは判別できません。要はどこを見ても同じということです。そこが難しいところ、腕の見せ所です。

ビューン、ピタッ、ピカー。

ケイコに運が向いてきたようです。今までの吹雪が嘘のように止み、空には陽の光が差してきました。開けた視界、踊る心、(はや)る気持ち。それらをグッと抑えて、抑えて、抑えて。

「ここじゃあああ、トゥォォォ」

ケイコ考案、冬限定の『豪快! 雪に突っ込む大作戦』は、上空から新雪に頭から飛び込むという豪快にして危険な遊びです。そして今日は悪天候を無視して挑んだ結果、何時もより高い位置からの飛び込みとなりました。

「うううっ」

物凄い速度で落下するケイコは、まるで弾丸。一体なにがそんなに楽しいのか、きっとケイコにも分からないことでしょう。しかし冬になれば、雪が降ればやらずにはいられない、そんな誘惑があるのでしょう。それはそう、そこに雪があるから、というのが相応しい理由のような気がしますです。

「およっ、およよ」

急に吹いてきた横風で軌道がずれてしまったケイコです。でもどこに落ちても結果は同じ、大して気にすることではありません、誤差の範囲内です。

ズボッ。何時ものスポッではなくズボッです。どうやら勢いがつきすぎていたせいか、何時ものより深く雪に潜ったようです。

ピカー、ピカピカ、ピカーン、ゴゴゴーのゴゴゴー。

これはいけません! 日差しがピカピカと射してきたのは良いのですが、それで温められた雪が、雪になってその雪が雪になって。つまりは雪崩が起きたのです! ゴゴゴー。

斜面に積もる雪が一斉に、川のように雪煙を上げながらゴゴゴー、ドドドーと崩れ落ちてきます。その途中にはケイコが飛び込んだ『絶好ポイント』が。早くそこから避難しないと大変です。ですがまだケイコの姿が見えてきません!

早く逃げてぇぇぇ! なに呑気にしているのぉぉぉ! アホなのぉぉぉ!



「ただいまぁ」

夕方、自分の部屋に戻ったマチコです。床も天井も壁もピンク、更にベットもピンクだらけと少々うんざりしそうですが、そこがお気に入りのマチコです。今日もいっぱい遊んだのでしょうか、窓のカーテンを閉じてお休みです。

「ただいまぁ」
「おかえりぃ」

翌日の夕方、自分の部屋に戻ったマチコです。『おかえりぃ』と言ったのはマチコ自身で、時折そう言っています。今日もいっぱい遊んだのでしょうか、窓のカーテンを閉じてお休みです。

「ただいまぁ」
「おかえりぃ、楽しかったぁ?」
「まあまあねぇ」

そのまた翌日の夕方、自分の部屋に戻ったマチコです。以下同様です。今日もいっぱい遊んだのでしょう、窓のカーテンを閉じてお休みです。

「ただいまぁ」
「おかえりぃ、今日は早いのねぇ、つまらなかったのぉ?」
「ん? そんなことないよぉ」

そのまた翌日の夕方、自分の部屋に戻ったマチコです。以下同様です。今日もいっぱい遊んだのでしょう、窓のカーテンを閉じてお休みです、グビーです。

「目が覚めちゃったよぉ」

夜中に目を覚ましたマチコです。なんだかんだと独り言を言うのが癖になっています。せっかく目を覚ましたので夜中の散歩と洒落込むことにしました。

部屋を出てすぐの森、ケイコの家に侵入です。いくら無敵のマチコとはいえ夜中は不安が伴います。よって知っている場所、安全な場所ということでケイコの家が選ばれたようです。それに、寝ているケイコをからかってやろうかな、という気持ちもあったうです。

いつもケイコが寝ている葉っぱベットまで忍び足のマチコ。そして、そっと覗くと肝心のケイコが居ません。

「ちょっとぉ、なに夜遊びしてんのよぉ、あの子はぁ」

仕方がないので自分の部屋に戻り、寝てしまうマチコです。そして翌日の深夜、またケイコの家に忍び込んだマチコです。しかしまたケイコの姿が葉っぱベットにありません。

「ちょっとぉ、なによぉ? 不良になったのぉ? あの子はぁ」

二日続けて留守の状況に憤慨するマチコです。今夜はそのまま帰らず、ケイコが戻ってきたら『とっちめて』やろうと葉っぱベットでお休みです。

翌朝、目が覚めたマチコは隣の葉っぱベッドが空なのを見て、

「ちょっとぉ、朝帰りなのぉ? あの子はぁ」と怒りながらも、どこか心配なようです。そこで一旦ケイコの家を出ると、確かに朝であることを確認し、またケイコの家に戻りました。ええ、ケイコの家はいつも夜ですから。

そうしてどうするのかと思えば、空に向かって大きな声で、

「ヨシコォォォ、教えてよぉぉぉ? あの子はどこに行ったのよぉぉぉ」と叫んだのでした。

暫く夜空を眺めるマチコです。瞬く星と大きな月、空まで伸びていそうな木々が不気味に感じる、というより作り物であることを暗示させています。そんなことを思いながら、風の吹かない森はシーンと静まり返っていたのでした。

「ヨシコォォォ!」

その声はどこにも跳ね返ることなく森の中に溶け込んでいく、そんな何でもかんでも飲み込んでしまう森に思えた頃でしょうか。

パラパラ・ヒヤリ・サラサラと何かが空から舞い落ちてきました。それをガバッと掴むと白い紙のようです。

「何なのぉ、これはぁ」

その紙を見ると、真ん中にバツ印が一個だけ書かれていました。これは一体どういう意味なのでしょうか、理解しかねるものです。再度、「何なのぉ、これはぁ」です。

「あの子が居る場所の地図よ〜」

いきなりマチコの背後から謎の声が。勿論それに驚いて、「うっひょー」のマチコが両手を上げて驚きました。でも、謎の声と言っても思い当たるのは、そう、ヨシコしか居ません。それに呼んでいましたからね。

「ヨシコォ!」

居るなら居ると言って、もしくは声を掛けてからにして、と言いたげなマチコが両方を一言で済ませたところです。

「これがぁ、地図ですってぇ? どこがよぉ」と挨拶を省略してのマチコです。
「マチコなら分かるでしょう? お利口さんだから、ね」

すぐには教えてくれないヨシコにムッとしながらも、『お利口さん』と言われて満更でもないマチコは、地図を見ながらあれこれと考えますが……分かりません。

「う〜んとぉ、え〜とぉ、あれぇ? これぇ?」

悩みながら声にまで出すマチコに、「白い紙、印。今の季節で白と言えば〜ねぇ」とヒントを出すヨシコです。

そうして暫くしてから「ああぁぁぁ!」と気がついたマチコです。そして、「回りくどいことぉ、しないでよねぇ、ヨシコぉぉぉ」と地図から目を離すと、もうそこにヨシコの姿はありませんでした。

「もうぉ、あの子はぁ、もうぉ」

ヨシコが居なくなったことは気にも留めず、早速、家の外に飛び出すマチコです、ビューン。

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登場人物紹介

ケイコ

田舎育ちのケイコ。一人遊びが大好きで年中遊びに夢中な天然系。

マチコ

都会育ちのマチコは都会の喧騒に嫌気が指し旅に出ることに。
いつも、お姉さん風を吹かせています。

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