第28話

文字数 766文字

とりあえず、葛木高也を署に呼んで愛との関係について話を聞こうというのが平川の指示ではあったが、松野には何処か腑に落ちないむず痒さが残った。

手紙に書かれた葛木高也という人物が犯人だという決定的な証拠を公表するならばともかく、この手紙を読む限りでは葛木高也と遠山愛が不適切な男女の関係にあったということしかわからない。

松野の目から見てもそれは歯切れの悪い奇妙な手紙だった。
盲目的に他者を傷付ける毒々しさもなければ、拭っても滲み出るほどの狂気も感じない。

そこはかとなく漂うのは、遠山愛の痛みを切々と説かれているような粛々とした悲しみだ。
寧ろこれは遠山愛の遺書ではないかと思うほどだった。


「どうしたもんかね。今更になってこんな手紙が届くなんて」


平川の嘆息は、松野に縋りつくように重たかった。


「遠山愛の変死が一切報道されていないからでしょう。警察が事件性を疑っていないと思い、今になって告発したんじゃないでしょうか」


「しかしな……この手紙の内容、どう思う?」


「目的が判然としませんよね。葛木高也が犯人だという決定的な証拠を握っているようには感じられません。彼を貶めてやろうという悪意のようなものを、それなりに感じる程度です」


平川が同意するように頷いた。


「防犯カメラに残っていた映像も、遠山愛が亡くなる一月近く前のものが最後です。彼女が死んだ当日のものには一切映っていません。まあ、愛人関係を立証することはできるでしょうが─」


「ひっくり返るかなあ」


刈り上げたばかりの頭に手を置いて、平川が重い息を落とした。
どうでしょうと呟いて、松野は手の中に収めた手紙をもう一度開いた。


人間味を象っていないワープロ文字の向こうから微かに聞こえる声に耳を欹ててみる。
すすり泣くような女の声はやはり、一度も聞いたことのない遠山愛のもののような気がしてならなかった。



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