第16話

文字数 679文字

「何も知らないし、見当もつきません。お聞き苦しいでしょうが、十八で家出してから、娘とは絶縁状態でしたから。もう十年近く顔も見ていなければ、連絡も取り合っていません」

「心配ではなかったんですか?」

「責めていらっしゃるんですか?」


相手の強い目が不機嫌な形で松野に刺さった。
認めるわけにも、否定する気にもなれず、松野は黙って答えを放った。


「もちろん、娘がどんな暮らしをしているのか、何も知らなかったわけではありませんよ。定期的に探偵を雇って、調査していましたから。でも…………」


言葉の先を拒むように噛んで、女は強く息を吐き出した。
県議会議員を務めている夫と、代々格式のある家柄を思いやってのことだろう。

世間の目を考えれば、SMクラブで風俗嬢をしていたという娘には、相当頭を痛めていたはずだ。
あれほど冷然といていた女の顔に、焦りのような苛立ちが滲んで見えたのだから間違いはない。


 一通り話を聞いたあとで、松野は、とりあえず今の段階では自殺とも他殺とも言いきれないと告げた。

今後捜査を勧めていく中で、親族にも協力を求めることがあるかもしれないと言いかけた時、思いがけない言葉で遮られた。


「捜査は結構です」

ピンと張った強い声で、女は松野の言葉を噛み千切った。


「娘は病死です。自殺でも殺されたわけでもありません。突発的な病による突然死です。そういうことにします。だから、捜査はしていただかなくて結構です」

「何を仰ってるんですか?」

松野より先に声を叩いたのは、部屋の隅にいた小村だった。
若いくせに情に厚く、筋の通らないことには我慢がならない新米刑事は、立場も弁えず憤慨した。
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