第10話

文字数 695文字

 電話には、愛にとって義理の姉にあたる兄嫁が出たらしい。
愛の両親を電話口にと申し出たが、生憎どちらも家を空けていた。

県議会議員を務めている父親は多忙で、今週末まで九州に滞在するという。
専業主婦の母親は、高校の同級会に出席するため、泊まりで出かけていると言った。

行き先を訊ねると、偶然にも都内だという。
事情を伝え、連絡先を聞き出すと、何とか繋がったとのことだった。


時間からして、タクシー以外の交通手段はないので、どれくらいで行けるかは判らないと言われたらしいが、一時間ほどあれば着くだろうと小村は答えた。


「そうか。……母親にこの光景を見せるのは酷だな」


溜め息と同じトーンで松野の口から情が漏れた。
それを複写したような音で、小村が、掛ける言葉なんてないですよと返す。


「誰が何を言ったって救いになんてならないさ」


何と答えればいいのか判らなくなったのだろう、小村が逃げるように、関係者に聞き込みに行くと言って背を向ける。

奮い立たせるように強く頷くと、松野も後に続いた。






 扉の向こうの相手が三鷹署の刑事だと名乗った時、葛木夏葉は、咄嗟に夫の身を案じた。
夫の高也が勤める金属加工会社が三鷹にあったからだ。

だが、来客の用件は、夏葉が案じたものとは違った。
遠山愛のことで話があると告げられた時、夏葉は、咄嗟には返事が出来なかった。

相手が何を求めて自分を訪ねてきたのか、まるで見当もつかなかったからだ。


愛とは前橋にある地元の高校で出会った。
一、二年を同じクラスで過ごし、親友と呼べるほどではないが、それなりに親しくしていた。


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