第24話

文字数 749文字

「びっくりしましたよ、原さん以外に誰も葛木さんのこと知らないんだもん。岐阜じゃ一時期、あんなに有名だったのに。でもまあ、知らないほうがいいかな。俺も含めて昔悪いことやったヤツ何人かいるみたいですけど、誰も葛木さんには敵わないでしょうからね。

だって桁違いですもん。人ってこれだから信用ならないんだよな。一番誠実そうな人間こそ、裏で何してるかわからない。あ、でも俺、別に葛木さんのこと嫌ってるわけじゃないですよ。寧ろ、もっと親しくなりたいなって。だから葛木さんの秘密、誰にも喋ってないし。……やっぱり今日、どうですか?」


相手の目を読んで高也は財布を広げた。
手持ちの千円札を三枚ほど抜き出すと砂井の前に向けた。


「悪いけど、今日は本当に勘弁してもらうよ。一昨日から妻が熱を出してて、少しでも早く帰ってやりたいんだ、少ないけど、今日はこれで何か食べてくれないか」


「参ったな、俺、別にそんなつもりじゃなかったのに。でもせっかくなんで、ご馳走様です」


相手の顔をこれ以上見たくなくて、高也は逃げるように背を向けた。


「葛木さんの奥さんって、結婚する前までうちで事務やってたって聞きましたよ。俺も会ってみたかったなあ。そうだ、今度家に呼んでくださいよ。奥さんによろしく伝えてくださいね」


それには返事をしないまま、高也はじゃあとだけ告げた。
気色の悪い形で緩んだ目がまだこちらを向いているような気配を背に感じながら、高也は足早に帰路を辿った。

途中、バス停から近くの場所にあるスーパーで、口当たりのいい野菜や果物を中心に買い物をした。
三千円の無駄な出費直後だったので、財布は殆ど空になった。

小走りで部屋に帰ると、妻は起きて高也の帰りを待っていた。
テーブルの上には、まだ手付けずのままの夕食が二人分、いつものように並んでいた。
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