第12話

文字数 714文字

「尊いお仕事だと思いますけど」

力みすぎて、言葉の尻で唇を噛んだ。
怯んだように男が肩を竦める。

入れ替わるように年季の入った刑事が一歩前に出た。


「では、これまでに遠山さんから悩みを相談されたり、誰かとトラブルになっているような話は聞いたことありませんか?」


少しの間考えて、夏葉は思い当たらないと答えた。
一昨日の夜、電話口で何かいつもと違う様子はなかったかとの質問にも、夏葉は首を振った。

自殺にしろ、殺されたにしろ、愛にはその気配など何もなかった。
もちろん、会って顔を見たわけではないから解らない。

だが、少なくとも夏葉にはそう感じられた。
それ以外に、何も感じ取れるものなどなかったと答えて、悔しさが悲しみより早く夏葉の胸を埋め尽くした。



「あの……遺書とか、あったんですか?」

声が震え出すのを懸命に堪えた。
今のところは見つかっていないと松野が答える。

気が遠くなるような感覚を覚えて、夏葉は縋るように強く相手の顔を見た。


「だったら、自殺じゃないと思います。だって、愛ちゃんそんな感じじゃ全然なかった。……殺されたんです、きっと……誰かが、愛ちゃんを殺したに決まってる……」


まだ決まったわけではないと諭すような声がした。
訝るような男の視線も目に入る。

だが夏葉はそれに応えようとはしなかった。


「絶対に捕まえてください。愛ちゃんを殺した犯人を絶対に捕まえて、厳罰に処してください」





  二〇一九年 七月二十五日

 三鷹署刑事課の一番奥のデスクから、唸るような溜め息が漏れた。
それを囲むように立っていた刑事課の捜査員たちからも、次々に同じような嘆息が漏れる。


「絶対に他殺だと思いますよ」

重く広がる空気を掻き分けたのは、その中で一番歳の若い小村だった。



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