第19話

文字数 776文字

「誰だって知り合いが自殺したなんて聞けば気が悪くなるさ。その予兆に気付いて留めることが出来たんじゃないかと自己嫌悪に陥る。だから、自殺じゃないと自分に言い聞かせて、胸に掛かる衝撃を減らしたんだ。防御本能というか、一種の現実逃避だよ」

「でも、あんな手の込んだやり方で自殺なんて、普通しないと思います」

小村の顔が泣くように歪んだ。
まあそうだろうと、松野も深く首を動かした。


「他殺にしろ、自殺にしろ、彼女にしてみれば地獄だったということですかね…………」


重い空気が広がった。
何と答えても苦しいだけだと思い、松野は声を出すのをやめた。

たとえどれほど傷付けられて人が死んだとしても、それが自らの手で下された死だとすれば、法は相手を殺人として裁けない。
だが、割り切るしか他はないと言い聞かせても、虚しさは残る。

死んだ者の悲しみと無念がそうさせるに違いなかった。
手を合わせるように松野は目を閉じた。

京都に離れて暮らす一人娘を思った。
この春から社会人としてスタートを切った娘は、自分の都合でしか連絡をくれない。

元気な証拠だと妻は笑うが、本当にそうだろうかと闇雲に案じた。
あんなふうに死なれては堪らない。

警察官ではない自分の立場で、もう一度遠山愛を浮かべた。
音のない目裏の闇で彼女は泣いていた。





  二〇一九年 七月二十九日

 祭壇に敷き詰められた無数の白菊を、愛はきっと嫌うだろうと葛木夏葉は思った。


(私、死んでも実家には帰りたくないんだよね。家柄とか肩書きに縛られて生きるなんてバカみたいじゃない?私はね、裸一つで広い海を泳ぎ回るみたいに、もっと自由に生きるんだ。

それでいつか、鮫とか鯨に丸呑みにされて終るの。死ぬんじゃなくて消えるほうね。葬式なんて真っ平だよ。香典も花も、お経も線香も、供養なんて何一ついらない。死んでまでそんな形式に縛られるなんて窮屈で息が詰まるわ)




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