第20話

文字数 706文字

何度目かに会った時、愛は確かにそんなことを言っていた。

だからだろう。
高校時代の彼女を切り抜いた遺影の微笑が、助けを求めて呻いているように見えた。


 結局、愛の意志は全く尊重されないまま、葬儀に関わる一連の儀式は生まれ故郷にある斎場で執り行われることになった。
その連絡をくれたのは故郷で暮らす母だった。


「急性心不全だってね。まだ若いのに、そんなこともあるんだね、可哀想に。夏葉も身体には気をつけるんだよ」


電話口で母は、時折声を震わせながら早すぎる死を悼んだ。


「お母さん、その話、誰から聞いたの?」

「誰からって、そうやって訃報の報せが来たから。独り暮らししていた東京のアパートで倒れてたって」


そうと返事をして夏葉はそれ以上を噤んだ。
どうやら故郷ではそういうことになっているらしい。

愛が死んでから明日で一週間になるが、新聞もテレビのニュースも愛の変死を一度も報じない。
警察は事件の可能性も疑って自分を訪ねて来たというのに、不思議な話だとずっと思っていた。

きっと、愛の大嫌いな家柄の体裁が、真実を捻じ伏せたのだろう。
風俗嬢の肩書きを持つ娘では、殺人にしろ自殺にしろ傷にしかならない、ということだ。

親も兄弟も親戚も、皆申し合わせたように同じ顔をして、うわべだけの悲しみを貼り付けてはいるが、腹の底では愛を恥だと思っているに違いない。

愛はそんな空気になることも承知していたのだろう。


「本当、バカみたい……」


無意識のうちに唇が動いていた。
いつかの愛の言葉に、ようやく返せる返事が見つかったと思った。

僧侶の読経に紛れた呟きだったが、隣に並んだ高也の耳には届いたらしい。
彼は案じるように夏葉の顔を覗きこんで、どうかしたのかと訊ねた。
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