第9話

文字数 760文字

シートの上に丸裸にされた遺体は、獣に集られ、食い千切られた人形のようだった。
込み上がる情を抑えながら、松野は遺体の傍らに身を寄せた。

ふと、腕に走る赤い筋が目に入った。
慈しむように、ゆっくりと細い腕を持ち上げてみる。

左前腕内側の中央辺りに、恐らく刃物の先で刻まれたものと思われる深い切り傷があった。


「これは…………アルファベットのK……かね?」


「ああ、それですね。私にもそう見えますが、何の意図があるかまでは─」


松野の声で顔を上げた検視官が答えた。


先ほど軽く目を通した愛の携帯電話に、登録されていた名前を思い出した。

小宮恭次。
電話番号もメールアドレスも登録されていないのに、なぜか古い顔写真だけが電話帳に登録されていた男だ。

直接本人を撮影したものではなく、どうやら新聞か何かに掲載されたモノクロ写真を撮影したようで、画質が粗く鮮明なものではなかった。

印象に残ったのは、首もとの痣が目を引く、嫌な目つきの男だということだ。



「これは絶命する前についた傷かね?」


「恐らくそうだと思います。他殺ならば、加害者が何らかの意図を持ってやったものでしょうけど……どうでしょうね。仏さんの利き手によりますけど、左の前腕だと、自分でやった可能性も考えられますね」


小刻みに頷いて松野は口を結んだ。


「それなら、ダイイングメッセージってこともありえますよね?犯人のイニシャルとか」


電話を終えて、こちらの話を聞きつけた小村が、鼻息を上げながら寄ってくる。


「まあ、今の状況だと、自殺とも他殺とも断定は出来かねますね」

松野の向かいで検視官が眉根に皺を寄せた。


「一人でこんな手の込んだ死に方しないでしょう、普通」


検視官の言葉に納得がいかなかったのか、息のような音で小村が呟く。
それには敢えて触れず、前橋にある愛の実家に連絡を入れた結果だけを松野は求めた。
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