第2話

文字数 730文字

 胸の中に押し込めるように抱き竦めた女が、ありったけの力で抗った。
それは、遠慮や恥じらいや、戸惑いといった生易しいものではない。

明らかな嫌悪を伝えていた。
それを受け止めて、真っ先に感じたのは焦りだった。

このままでは、自分は拒絶されてしまう。
もうこの女に、他人として関わることすら認めてはもらえない。

もう彼女は、二度と自分のために微笑んではくれない。
二度と親しみを込めて自分の名前を呼んでもくれないのだ。


恐ろしい。
厳寒のような冷たさに叩き付けられて、真っ先にそれを思った。

何としてでもこの恐ろしさを払い除けなければいけない。
自分はどうしたって、この女に嫌われては生きていけないのだから。

脆弱な身体を押さえ込んで無理矢理に唇を重ねた。
それはもう、獣が獲物に噛み付くような無情さだった。

女は仰け反るように身体を曲げて、より強い力で反抗する。
そこに、微塵の思いやりも愛情も混ざっていないことを自覚して、もう何が何だか解らなくなった。

「何で解ってくれないんだ…………」


震えた唇の奥から、血の味がした。
擦り切れた思いから血が滲んだのだろうと思った。

返事の代わりに女がこちらを見た。
軽蔑と同情と、恐怖と憎悪がひたすらに交じり合った冷たい目をしていた。

それは、完全にこちらを閉ざした瞬間だった。
ふいに目の前の景色から色が落ちた。

絶望。きっとその果てだと思った。

もうどうだっていい。
羞恥より落胆より、恐怖に勝てなかった。

こんな色のない世界で、この女に愛されも、受け入れられもしない世界で、生に繋がれていたって仕方がない。
全てが意味のないものだと思った。

だったら、いっそ消えてしまえばいい。
これ以上の絶望に呑まれる前に、幸福な幾つもの瞬間を抱いて、自分自身を永遠にすればいいのだ。

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