第22話

文字数 811文字

悲しみとはまた別の感情で涙が溢れた。
どうして自分が泣いているのかさえよく解らなかった。


 気付くと、愛を載せた霊柩車のクラクションが空に散っていた。
そろそろ行こうかと高也の声に促されて、夏葉はようやく顔を下ろした。

頬に残った生乾きの筋を見て、大丈夫かと高也が気遣ってくる。
大丈夫だと答えて、わざとらしく微笑んで見せた。


「焦らなくていいよ。ゆっくり、時間をかけて受け止めていけばいい。大切な人を亡くして悲しいって思うことは、悪いことじゃないんだから」


小さく頷いて、でもと声を繋いだ。


「愛ちゃん、何で死んじゃったんだろう。一度も報道されないってことは、事件じゃないってことなのかな?やっぱり皆が言うように、自殺だったのかな?」


困ったような顔をして高也は首を捻った。


「もう、亡くなった人のことをあれこれ詮索するのは、控えたほうがいいんじゃないかな」

嗜める声が抜けていく風のせいか揺らいで聞こえた。


「でも私、やっぱり自殺だなんて思えない」







  二〇一九年 八月二日

 砂井(すない)陽平(ようへい)から飲みに行こうと誘われるのには、もううんざりしていた。
その度に、また今度とはぐらかし断り続けて来たのだから、相手にしてみれば、こちらの返事にもうんざりといったところだろう。

だが、どうしてもその男の誘いに乗る気にはなれず、葛木高也は今回も首を横に振った。


「また今度ですか?今度今度って、葛木さんの今度は何十年後なんですか?俺、そのうち死んじゃいますよ。あの世の約束してんじゃないんだから」

わざとらしく嘆いて見せて、砂井はつまらなそうに唇を歪めた。


 高也が勤める金属加工会社『原工業』に、砂井が入って来たのは昨年の春だった。
社長を務める原勘一は、非行や犯罪歴のある刑務所出所者を雇用し、社会復帰を援助する協力雇用主だ。

原に拾ってもらい救われた若い従業員たちは皆、原のことを父親のように慕っていた。
砂井もまた、原に拾われてやって来た身だった。
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