第15話

文字数 748文字

「それだけじゃないんだ。遠山愛のあの格好。寝込みを襲われたとは到底考えられませんよね。あの余所行きのような純白のワンピースを部屋着にしていたとも考えられない。まるで死に装束みたいだ」

「死に装束?……自殺って言いたいのか?」

平川が皺の寄った目蓋を大きく持ち上げた。


「決定的なことはまだ解りません。ただ、もし何者かに殺害されたのだとしたら、犯人の目的も、行動も、私には何も見えて来ないんですよ」


 平川がもう一度深い息をついた。
もう少し決定的な事実が掴めるまで、捜査を続けようというのが、彼の下した判断だった。

平川の声に押されて、捜査員たちは次々と散っていった。
その場を最後まで動かなかったのは小村だった。


「母親のせいですか?遠山愛の母親があんなこと言ったから、だから自殺にしようとするつもりですか?」

「本気で言ってるのか?」

宥めるように声を被せたが、相手の媚びない眼光は変わらなかった。


 警察からの連絡を受けて、明け方近くにやって来た遠山愛の母親は、自若としていた。
そこから漂うのは、受け入れるに余りある現実に我を失くした痛々しさでも、必死に平静にしがみつく強がった厳然さでもなかった。

遠慮なく言うのなら、それは冷ややかさだ、もっと言えば無だった。

娘の遺体と対面した時ですら、彼女は何の感情も露にしなかった。
義務的に、血の通わない機械のように、彼女は娘の屍を見つめ、自分の娘で間違いないと答えた。

それはまるで、ずっと前からこんな瞬間を覚悟して身構えてきたような落ち着きだった。


「娘さんから何か聞いておられましたか?」

だからつい、松野はそんなことを訊ねてしまったのだと思う。


「何か、とは何でしょう?」


異性関係のトラブルやストーカー、若しくは何らかの悩み事だと応えた。
愛の母親はやはり機械的に首を振った。


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