第21話

文字数 783文字

何も答えないまま、夏葉は、首だけを静かに横に振った。
高也が愛の葬儀に列席したのは、夏葉が一緒にと頼んだからだ。


「愛ちゃん、死んでも実家に帰りたくないって言ってたんだ。自分が死んでも、葬式なんて嫌だって。きっと、あっちには気を許せる人なんて一人もいないんだよ。

愛ちゃん、信用ならない大嫌いな人たちに囲まれて見送られるんだよ。そこに私たちだけでもいれば、ちょっとは心強いかなって、喜ぶかなって思うんだよね。だからお願い、一緒に来てもらえないかな?」


盆休みを近くに控え忙しいのか、初め、彼は返事を渋っていた。

愛とはほんの数回、挨拶程度に顔を合わせただけだったので、高也にしてみれば、友人はおろか、知り合いというにも過ぎるくらいだったのだろう。

それでも高也のほうが折れたのは、愛以上に、塞ぎがちになった夏葉を思ってのことかもしれない。



 葬儀を終えて、出棺を見送る列の一番後ろに高也と並んだ。
梅雨明けしたばかりの空から容赦ない熱が注がれる。

それを避けるように列から逸れて、それぞれに幼子を抱いた若い母親が二人、建物の影に身を寄せた。
愛の同級生だろうか、夏葉の目にも同い年くらいに見えたが、どちらも記憶にある顔ではなかった。


「ねえ愛ってさ、心臓に持病持ってたの?」

女の一人が眉根を寄せながら話し出す。


「まさか、だって体育普通にやってたじゃん」

「なのに心不全?」

「って言ってるけど、ほんとは自殺らしいよ」

吐息に言葉をつけたような囁き声が、風の流れか、夏葉の耳にはよく届いた。


「東京で人に言えないようなヤバい仕事してたんだって。それで病んじゃったんじゃない?」

「ヤバい仕事って?」


タイミングを計ったように僧侶の読経が女の声を遮った。
運び出されていく棺に向かって、一同が悲しみの顔を向けて手を合わせる。

陰口を叩いていた女たちも同じだった。
本当にバカらしくなって、夏葉は一人天を仰いだ。
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