第25話

文字数 742文字

「作ってくれたの?無理しなくてよかったのに。熱は?もう下がったの?」


「うん。昼過ぎになって嘘みたいに楽になった。冷蔵庫の残り物で作ったから、簡単なものしかないけどね」


これだけあれば十分だと答えて、高也は買ってきた野菜を冷蔵庫にしまった。
スープを温めながら、迷惑を掛けて悪かったと夏葉が謝る。

自分がやるから無理をするなと妻を気遣って、高也はキッチンに立った。


「ここのところ暑さが厳しいから、ちょっと熱中症気味だったのかもしれないね。とりあえず、暫くは養生したほうがいいよ」


遠山愛の死が恐らく一番の要因だろうと思いながら、しかし高也は敢えて触れようとはしなかった。
生き物の喪失ばかりはどうにもならない。

そのことは本人だって理解している。
だから過剰な心配や下手な慰めは、かえって傷みを悪くさせるだけのような気がした。


二人分のスープを器に注いで飯を盛り、向かい合って席に着いた。

手を合わせて挨拶を済ませた後で、

「そうだ、飯食べれる?キツければお粥でも作ろうか?」

思い出して声を掛ける。

大丈夫だと夏葉は笑って答えた。
その裏も表もない笑みが、高也は何よりも好きだった。


幸福だ。
二人きりの家族でも、誰に何を言われようと、自分には贅沢すぎる幸福だ。

だがそれを噛み締める時、高也はいつも同じ重さの罪悪感に呑まれた。
このまま許されるはずがない。

自分にはいつか罰が下ると。




          *

 三枚の千円札を目の前に翳すと、砂井陽平は小さく舌打ちした。


「だっせえ。口止め料三千って、なめてんのかよ」


つまらなそうに息を吐き出して、仕方なく受け取った金を財布にしまった。
ついでに残っていた小銭を数えてみる。

百円玉が五枚と数十円あった。
携帯電話で時間を確認すると、砂井は躊躇いもなく真っ直ぐに歩き出した。

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