第5話
文字数 720文字
「コウちゃん、時間だよ。もう起きて」
溜め息のように長く深い息を溢しながら、夫が身体を起こすのを、夏葉は笑みを広げて見守った。
「……ごめん……」
呆然と目蓋を広げながら、夫が決まって口にする挨拶はそれだ。
まだ覚めきらない悪夢を引き摺っているのか、甲斐甲斐しく世話をする妻を気遣ってのものなのかは知らない。
気に留めなければどちらでもいいと誤魔化しながら、夏葉は再び笑みを広げた。
「さあ、顔洗ってご飯にしよう。コウちゃんの好きな明太子、買っておいたから」
ありがとうと小さく返して、控えめに夫が微笑んだ。
痛々しいだとか、不憫だとかいう感情は、出来るだけ見ないようにしている。
そこに目を向けてしまえば、自分の一切の感情が奪われてしまうような気がして恐ろしい。
その中に自分たち夫婦の不幸せも潜んでいるような気がした。
不幸なんて、こちらが認めなければ確固たるものにはならないはずだ。
可哀想だとか不幸せだとか、余計なことは、考えなければ相応しい言葉にはならないのだから。
結婚して二年目になるが、未だに不和や喧嘩といったものとは無縁だ。
夫の高也は寡黙で控えめな性格だが、その分、自分のささくれ立った感情を剥き出しにしたり、当て付けるようなことは一度もなかった。
大概の場合、彼はいつも穏やかに微笑んで、頷いて、静かにこちらの思いに心を傾けてくれた。
夏葉が風邪を引けば、平日にも関わらず、夜通し看病してくれたし、誕生日にも結婚記念日にも、プレゼントは欠かさなかった。
仕事が終れば真っ直ぐ家に帰って来るし、夏葉が作る手料理にだって、文句をつけたことは一度ない。
何かにつけ、感謝の言葉は絶やさなかったし、稀に多少の言い合いになりかけても、決まって向こうから身を引いた。
溜め息のように長く深い息を溢しながら、夫が身体を起こすのを、夏葉は笑みを広げて見守った。
「……ごめん……」
呆然と目蓋を広げながら、夫が決まって口にする挨拶はそれだ。
まだ覚めきらない悪夢を引き摺っているのか、甲斐甲斐しく世話をする妻を気遣ってのものなのかは知らない。
気に留めなければどちらでもいいと誤魔化しながら、夏葉は再び笑みを広げた。
「さあ、顔洗ってご飯にしよう。コウちゃんの好きな明太子、買っておいたから」
ありがとうと小さく返して、控えめに夫が微笑んだ。
痛々しいだとか、不憫だとかいう感情は、出来るだけ見ないようにしている。
そこに目を向けてしまえば、自分の一切の感情が奪われてしまうような気がして恐ろしい。
その中に自分たち夫婦の不幸せも潜んでいるような気がした。
不幸なんて、こちらが認めなければ確固たるものにはならないはずだ。
可哀想だとか不幸せだとか、余計なことは、考えなければ相応しい言葉にはならないのだから。
結婚して二年目になるが、未だに不和や喧嘩といったものとは無縁だ。
夫の高也は寡黙で控えめな性格だが、その分、自分のささくれ立った感情を剥き出しにしたり、当て付けるようなことは一度もなかった。
大概の場合、彼はいつも穏やかに微笑んで、頷いて、静かにこちらの思いに心を傾けてくれた。
夏葉が風邪を引けば、平日にも関わらず、夜通し看病してくれたし、誕生日にも結婚記念日にも、プレゼントは欠かさなかった。
仕事が終れば真っ直ぐ家に帰って来るし、夏葉が作る手料理にだって、文句をつけたことは一度ない。
何かにつけ、感謝の言葉は絶やさなかったし、稀に多少の言い合いになりかけても、決まって向こうから身を引いた。