第18話
文字数 630文字
「実の母親があんなこと言うなんて信じられませんよ」
あの日も同じ口から同じ言葉を聞いた。
小村は遠山愛の母親を、どうにもいけ好かないようだった。
「人それぞれ事情ってもんがあるんだ。自分の腹を痛めて生んだ娘が死んだというのに、風俗嬢をしていたってだけで、大っぴらに嘆き悲しむこともできないなんて、寧ろ不憫じゃないか」
「その不憫な事情を汲んでやるためには、犯罪にすら蓋をするんですか?」
相手を納得させる言葉より先に、重い息が漏れた。
「何も自殺だと言い切ったわけじゃない。ただ、もしかしたら、捜査の必要がないことを、あの母親は理解していたのかもしれない」
「けど、遺書だって見つかっていませんよ。友達の葛木さんだって、自殺なんてありえないって言っていましたし」
「彼女がもし自殺なら、もう遺書なんてなくても十分だと思うがね」
遠山愛は綺麗過ぎるほど孤独だった。
二十八という年頃に加え、風俗嬢という派手な肩書きを持ちながら、何もかもが息を潜めたようにひっそりとしていた。
恋人はおろか、友人との交流もなかったのか、彼女の周りにいた人間の殆どが、遠山愛に関する個人的な情報を持ちえていなかったほどである。
それはまるで、ずっと以前から、彼女が自らの幕引きを胸の内に秘めていたような清潔感だった。
唯一、ここ最近になって偶然再会したという同級生の葛木夏葉だけが、遠山愛の生々しい繋がりだった。
恐らく、声を掛けたのは夏葉のほうからだろう。
愛にしてみれば、偶然とはいえ、戸惑ったに違いない。