第4話

文字数 809文字

ふいに、死んだ女の体温が、首元に纏わり付くような感触を覚えた。
ゆっくりとこちらの生を嬲るように締め上げてくる。

全身から一気に血の気が引いたように身体が冷たくなり、動けなくなった。

それを楽しむように、冷たい目の少女が、黙ったままこちらを見つめていた。


 許さない。

頑なに閉ざされた唇の向こうから、意志の声を聞いた気がした。
途端に恐怖は夥しい罪悪感に変わった。

それはもう、払い除けるとか、抗うとかという程度のものではなく、全身の細胞の一つ一つまでもを侵食する病のように、どうしようもないものだった。

自分はきっと、この罪悪感に殺される。
遠くなる意識の果てで、霞む少女に向かって手を伸ばした。


 ごめん…………みみちゃん、ごめんね…………









  二〇一九年 七月九日

 寝室の扉を開ける前から、嗚咽のような夫の呻き声は耳に届いていた。
だが、葛木(かつらぎ)夏葉(なつは)にとってそれはさして物珍しい光景ではなかった。

葛木高也(こうや)と生活を共にするようになってから、どちらかといえばそれは些末な日常的光景だった。
眠りに落ちるたび、決まってと言うほど高也はよく魘された。見るのはいつも同じ夢だという。

初めのうちは、何か重篤な病にでも冒されているのではないかと気を揉んだが、受けるべき罰だという夫の言葉を聞いてからは、自身もそれなりに受容している。


 失恋したばかりのような未練がましい雨は、三日降り続いた。
そのせいで幾らか重たくなったカーテンを退けると、夏葉は、寝室の窓を半分ほど開けた。

梅雨の息継ぎのような晴天の向こうから、既に夏の熱を帯びた陽が流れ込んでくる。
眩しさに目を細めて顔を背けると、まだ悪夢の表面を漂っている夫の寝顔とぶつかった。


「……私が、許してあげる……」


夫の耳元で、囁くように呟いた。
塞がれた目蓋の端から、涙の筋が落ちている。

まだ湿ったまつ毛を撫でるようになぞると、むず痒かったのか、高也が払い除けるように顔を捻った。
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