第8話

文字数 725文字

また、前で組まれた細い手首は、結束バンドで拘束された状態だった。

女は口の端に血の筋を引いていて、腫れ上がった頬には、目蓋の先から繋がった涙の跡も残っていた。


「こんな死に方、あんまりですよ…………」


松野の隣で、三鷹署の刑事課で一番若い男、小村(こむら)巡査が嘆いた。
聞けば、死んだ女とは二つ違いだという。

 遺体で発見されたその女は遠山(とおやま)愛(あい)といった。
群馬県前橋市の出身で、先月に二十八の誕生日を迎えたばかりだった。


部屋の状況から、生活ぶりはさほど派手ではなく、どちらかといえば質素な印象を受けたが、実体は歌舞伎町にあるSMクラブの風俗嬢だという。


「仕事は仕事ですけど、真面目な子でしたよ。無断欠勤なんて一度もしたことないですから。こんな仕事だから、バックレちゃう子なんて、いっぱいいるんですけどね。

彼女の場合は本当に真面目だったから、急に店にも来なくなって、連絡も取れないなんておかしいと思って様子を見に来たんですよ」


部屋の管理人と共に、第一発見者となったSMクラブのオーナーは、青白い顔でそう話した。
彼の話によれば、愛に特別変わった様子は見られなかったという。

仕事のわりに地味な生活ぶりで、客や知人とトラブルを起こしたこともなければ、何か悩みを抱えている様子もなかったと。


「まあ、こういう仕事に就くくらいですから、何かしら事情は抱えていたかもしれませんよ。口に出す子ばかりじゃないですけど、みんな、何かしらありますから。だって、好き好んでやる仕事じゃないってことは、男の目から見ても確かでしょう?」


滲み出す軽薄さを誤魔化すように、オーナーは苦笑して見せた。
松野はその顔がどうにも許容できず、先に男から離れると、検視中の愛の元へ戻った。
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