二十一 溝端浩太郎会長

文字数 1,827文字

 十二月初旬、月曜日、午前。
 高倉刑事が沢井課長から事情聴取している頃。
 四班の杉山刑事は二人の刑事とともに荻原重秀に張りついて、溝端バッテリーの会長室で溝端浩造がコンピューターにくわしい誰を使っていたか調べていた。
「納入品管理システムのメンテナンスについて、くわしいことを聞かせてください」
 杉山刑事は、執務机の椅子に座っている溝端浩太郎会長に質問した。刑事たちは荻原重秀工場長とともに、執務机に隣接したソファーに座っている。テーブルには三個のボイスレコーダーがある。

 溝端浩太郎会長は鼻梁の高い鼻からメガネを外して、耳の横の白髪を撫でながら、穏やかに口を開いた。
「物流システム(株)の担当者が、一ヶ月に一度のペースでコンピューターと納入品管理システムの保守点検に来ていました。多いときは二度です。
 データの改ざんが行われたとすればこの時だと思います。一ヶ月間の改ざんが成された場合、納品管理担当者が気づくのは遅れます・・・」

「納入部品に関するデータの改ざん方法は?」と杉山刑事。
「保守点検時に、用意していたデーターを現行データーと入れ換えたと考えられます」
 溝端バッテリーも厚木電装本社工場も、毎月の締めは二十日だ。つまり二十日過ぎに物流システム(株)によるコンピューターと納入品管理システムの保守点検が行われ、納入に関するデータが改ざんされても、締めの二十日を過ぎているため、納入品管理担当者は気づかない。
「こういう改ざんは、我が社だけでするのは不可能です・・・」
 溝端浩太郎会長の表情が険しくなった。

「どういうことですか?」
 ソファーの刑事たちのまなざしが鋭くなっている。
「溝端バッテリーの納入品管理システムはオンラインで厚木電装本社工場の納入品管理システムと結ばれています・・・。 
 改ざんされた溝端バッテリー側のデータに連動して、厚木電装本社工場側の納入部品のデータ、つまり部品番号や納入品検査データが添付されねばなりません。
 溝端バッテリーだけでデータ改ざんはできません。同時に厚木電装本社工場側でもデーター改ざんがされたはずです」
 溝端浩太郎会長はそう説明した。

「データの再入力は誰でもできるんですか?」と杉山刑事。
「再入力できるのは二十四時間以内です。
 システムの保安上、我々が、過去にさかのぼって再入力するのは不可能ですが、保守点検している物流システム(株)の担当者なら、溝端バッテリーと厚木電装本社工場側で時間を合せて同時に、あらかじめ用意した過去の改ざんデータを、現行の記録データと入れ換えるのは可能なはずです」
 溝端浩太郎会長はゆっくりおちついて説明している。
「同時に複数の人物が関わっているのですね」
 杉山刑事が念を押すように言った。
「ええ、保守点検日の前にデータのコピーを取って、改ざんデータを作っていたはずです。
 我が社の社員には、そのようなことはできません」

「物流システム(株)の担当者が出入りしていたと?」
 杉山刑事は、社外の人間の出入りが気になった。
「物流システム(株)の担当者は、コンピューターとシステム保全のために、常に社内に出入りできます」と荻原工場長。
「深夜でも?」
「ええ、彼らの活動時間は、工場が稼働していない時ですから」
 荻原工場長は、コンピューターと納入品管理システムの保守点検を行う物流システム(株)の担当者の勤務態勢を説明した。

「社内の監視カメラに、物流システム(株)の担当者の活動記録はありますか?」と杉山刑事。
「ありますが、こちらもコンピューター管理ですから、監視記録が全ての記録か、そうでないかはわかりません」と荻原工場長。
「息子さんが亡くなったばかりなのに、いろいろ質問攻めにしてすみません。これも仕事なのです」
 杉山刑事は溝端浩太郎会長に警察の無礼をわびた。
「わかっています・・・」
 溝端浩太郎会長はおちついてそう答えた。

 杉山刑事は溝端浩太郎会長のおちつきに驚いた。この人はなぜこんなにおちついていられるのだ?それと、荻原重秀が溝端バッテリーに入社した経緯も気になる・・・。
「溝端浩太郎会長に荻原工場長の話をしていいですね?」
 杉山刑事は田上刑事から得た、荻原重秀の事情聴取内容をほのめかした。
「ええ、かまいませんよ」
 荻原は承諾した。
「では・・・」
 杉山刑事は、荻原重秀が厚木電装本社工場を首になり、溝端バッテリーに入社するまでの経緯を、荻原重秀の説明を交えて溝端浩太郎会長に話した。
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