二十四 後援会員

文字数 2,572文字

 十二月初旬、月曜日、午後。
 厚木市の山岸宗典代議士後援会事務所で、三班の三村刑事と二人の刑事はソファーに座り、一人掛けのソファーを潰しそうな、でっぷり肥った原田後援会長を見つめた。原田会長の刈りあげ頭は、大きなごま塩の三角おむすびがメガネをかけているように見える。
「原田会長、山岸宗典代議士と監査役員との関係を話してもらえませんか?」
 テーブルにはボイスレコーダーが置かれている。
「前任の監査役員の夏川公認会計士は、山岸宗典代議士の伯父です。現在の沢口公認会計士は、たんなる山岸宗典代議士の後援会員です」

「監査役員の報酬はいくらくらいですか?」
 三村刑事は中肉中背のごくありふれた体型だ。原田会長は三村刑事の三人分ほどに見える。
「いくらなんでも仕事が仕事だから、ボランティアというわけにはゆかんでしょう。公認会計士として、それ相応の額を払ってますよ」
「前任の夏川公認会計士にもですか?」
「もちろんです。前任者は歳が歳でしたから、沢口公認会計士に変ったわけでして・・・」
「親族だから、報酬もそれなりになんてことは?」
「いや、ありませんよ。ここでは一般の企業並みに金が動きますから手を抜けません。
 報酬もそれなりになるわけでして・・・」

「前任と現職で監査方法が変ったようなことはないですか?」
「大きく変っていませんが、過去にくらべ、ずいぶん細かになっては来ましたね・・・」
「と言うと?」
「たとえば、鉛筆一本について、私物か、後援会が買った物か、問われるんです。後援会で買った物を私物化するな、などとです。私物が紛れこむこともあるし、うっかりして後援会の物を持ち帰ってしまうこともあります。
 前任は融通が利いたのに、現職は堅いというか・・・」
 原田会長は溜息をついている。沢口公認会計士に不満らしい。

「こちらの監査役員は溝端バッテリーと厚木電装本社工場の監査役員も兼ねていますね?」
「溝端浩造社長も厚木電装本社工場の永田生産部長も、山岸宗典代議士の後援会員ですから・・・」
 厚木電装本社工場の工場長は永田吉保生産部長だ。
「物流システム(株)の野口啓輔社長は?」
 三村刑事は原田会長に訊いた。
「野口啓輔社長も後援会員です。厚木電装本社工場と溝端バッテリーの、納入品の管理のプログラムを作ったとか話してましたよ。
 後援会員は互助会みたいなもんですからね」
「どういうことです?」
 納入品管理システムは、厚木電装本社工場の永田生産部長と物流システム(株)の野口啓輔社長、溝端バッテリーの溝端浩造社長との間で計画されたのか・・・。

「後援会員は顔なじみですから、お互いに仕事をやりくりする場合が多いんですよ」
「沢口公認会計士も顔なじみですか?」
「そうですが、彼は融通がきかないというか・・・」
 原田会長は不満そうだ。
「何か問題でもあるのですか?」
「先ほど話したとおりですよ」

「溝端浩造社長が、最近、後援会からの要請に無理が多い、と嘆いてたそうです。この件について、何かありますか?」
 三村刑事は質問を変えた。
「そんなことはありませんよ。政治献金の額は、法に触れないかぎり個人の自由です」
 原田会長はとってつけたような顔でそう言った。
「溝端浩造社長の話は嘘だと言うのですか?」
 三村刑事は、原田後援会長の話は嘘だと思った。後援会員から、後援会員の役職に応じて献金の額が強要されていると証言を得ている。
「そうは言いません。政治献金の額は法に触れないかぎり個人の自由ですと言いましたが、後援会としてそれなりに規定はありますよ」
 原田会長は悪びれずに本音を語りはじめている。

 三村刑事の目つきが険しくなった。
「では、後援会からの要請に無理が多かったというのは事実なんですね?」
「毎年、定額ですから、支障なかったはずですが、なぜか献金に苦労していたみたいでした・・・」
 原田会長が記憶を確認するように言った。
「資金が不足してたんですか?」
「九月は国際情勢が不安定でしたから後援会員の企業利益も低迷してましたが、すぐに持ち直しました。溝端バッテリーの利益が低迷していたはずはないんです。後援会からの要請に無理が多いと言うのは、他との相対的な比較ではありませんか?」
 原田会長は、思いあたることがあるらしい。
「と言うと?」

「他の後援会に乗り換えようとしていた可能性があります。そちらからの資金要請が生じていたことも考えられます・・・」
「どういうことですか?」 
 もし、他の後援会が絡んでいるなら、納入品管理システムに関係しているのは、地元の代議士ではない。原田後援会長の証言の裏を取らなければならない・・・。
 三村刑事は、四班の杉山刑事から田上刑事に伝えられた、森田正俊と荻原重秀の電話の内容を知らされていない。

「厚木電装東京営業本社の今井田部長は、国民党の幹部なんですよ。もし今井田部長が野心をもっていれば、我々のような地方後援会の会員は、従わざるを得ないんです・・・」
 原田後援会長は苛立ちを押さえながら説明した。
 三村刑事は原田後援会長の思いを納得してうなずいた。原田会長の鬱憤は計り知れないものらしい。
 日本は政党政治を目ざしている。そのため無所属の候補者より、政党公認の候補者が圧倒的に有利だ。地方の後援会は党本部の方針に従わざるを得ない。
 たとえば、無所属候補のビラは七万枚まで認められている。政党公認候補は一人当たり四万枚の政党分も加算され計十一万枚だ。使える選挙費用も個人には上限があるが、政党公認候補は政党から資金提供されるかぎり上限はない。

「今井田部長の指示があったのですか?」
 三村刑事は穏やかに訊いた。原田会長が答えなくても、相づちを打ってくれるだけでいい・・・。
 三村刑事の意を介したらしく、原田会長はうなずきながら言った。
「想像におまかせします、としか言えません。
 我々も、山岸宗典代議士の後援会としての立場があります。山岸宗典代議士はまだまだ若手です。党の公認を解かれるようなことは避けねばなりません」
「溝端浩造社長は党本部から資金提供を指示されていたと言うのですか?」
 原田後援会長は三村刑事にうなずきながら、
「私からは説明できません。当事者から直接訊くのがいいと思いますよ」
 と言った。
 三村刑事は原田後援会長の言おうとすることを理解した。
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