十七 被害者死亡 捜査会議

文字数 1,630文字

 十二月初旬、日曜日、夜。
 厚木署刑事課で田上刑事は、重体だった溝端浩造が亡くなった知らせを聞いた。
 傷害事件が殺人事件になった。捜査会議をどう進めるか・・・。
 今のところ、めぼしい物証も目撃証言もない・・・。

 溝端浩造が被害を受けた時刻、溝端家の防犯カメラは作動していなかった。防犯カメラのスイッチを切れるのは、溝端本人と妻と二人の小学生の息子だけだ。
「いつもスイッチを入れていた」
 溝端の妻はそう証言している。
 溝端浩造がスイッチを入れ忘れたか?それとも、記録してはいけない者が訪ねてきたので、溝端浩造がスイッチを切っていたのか?どちらだろう・・・。

「休日の溝端は家に居ることが多かった」
 と妻は話していた。
 被害者は一人の時に襲われている。加害者は、妻と子どもが出かけて被害者が一人になるのを知っていた。あるいは、加害者が被害者と二人だけで会っていたのだろうか。
 実際の犯行時間が午後二時頃より早い場合や、午後二時より遅い場合はないのか?
 室内温度が高ければ体温低下は遅い。血液凝固は早まる。鑑識は被害者が暖房と加湿器のそれぞれを使用していた場合と、使用していなかった場合の両面から、犯行時刻を割りだしている。
  犯行時間は午後二時頃でまちがいないだろう・・・。
 
 加害者として考えられるのは沢井課長、監査役員、そして荻原重秀だ。他に誰が居るだろう?
 国道と高速の監視カメラの記録から、荻原重秀と妻の多恵が午前八時から厚木市内に居なかったのまちがいない。荻原は容疑者ではない・・・。
 残るのは沢井課長、監査役員、そして捜査対象になっていない他の者だ・・・。
 明日の捜査会議で、沢井峯春課長を調べるよう指示しよう・・・。
 田上刑事が室内を見わたすと、皆、帰宅して誰も居なかった。田上刑事は机のスタンドのスイッチを切った。


 翌日、月曜日、午前九時。
 厚木署会議室で捜査会議が開かれた。
「昨夜、溝端浩造氏が亡くなった。
 事件を強盗殺人に切り換えて捜査する。皆、そのことを自覚してくれ。
 なお、昨夕刻に行った荻原重秀の事情聴取から、厚木電装本社工場と溝端バッテリーの間で納入品の不正があったと証言を得た。この不正について物証はない。
 不正がどのように成されたか、荻原重秀の説明によれば・・・」
 田上刑事は、森田正俊の証言から確認した高速道路の監視カメラの記録と、荻原重秀から事情聴取した内容を説明した。

「・・・以上により、溝端浩造殺害は不正に絡んだ証人の口封じとも考えられる。
 昨夜から荻原重秀夫妻の警護に、四班の刑事が張りついている。
 ここまでのことで質問があればしてほしい」
 田上刑事は会議室に集った刑事たちを見わたした。

「係長。荻原重秀が不正の首謀者に仕立てられたのなら、溝端浩造と厚木電装の沢井峯春に恨みがあると思います。
 怨恨の線で荻原を調べなくいいんですか?」
「先ほど説明したはずだ。
 国道と高速の監視カメラの記録から、犯行当時、荻原重秀が長野市に居たと判明している。証人もいる。荻原重秀は容疑者ではない。
 推測で物を言うな。加害者が荻原重秀を襲う可能性の方が高い」
「わかりました・・・」
 質問していた刑事が黙った。

「一班は、再度現場検証し、昨日、溝端家に訪ねてきた人間が居なかったか調べてくれ。
 二班。厚木電装本社工場の沢井峯春課長の身辺を調べてくれ。親しい者の中に、コンピュータにくわしい者がいないか調べるんだ。
 三班は二班に同行して、厚木電装本社工場と溝端バッテリーを監査している役員が誰から誰に代ったかを調べろ。現在の監査役員がわかったら、二班とは別行動で、その役員と山岸宗典代議士との関係を調べろ。
 四班は、現在、荻原重秀を警護しながら、溝端浩造がコンピューターにくわしい誰を使っていたか否かを調べている。
 なお、聞き込みなど事情聴取の際は、ボイスレコーダーで記録して、内容を報告してくれ。以上だ」
 田上刑事はそのように刑事たちに指示した。
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