三十 再検討

文字数 1,930文字

 十二月初旬、火曜日、午後。
 厚木署会議室で田上刑事は考えていた。
 夏川会計士は不正を知っていたが、物証がなかったため、帳簿上の納入品による金の流れは正当な流れとして不正を黙認した。夏川会計士は溝端社長殺害の容疑者から除外していい。
 厚木電装東京営業本社の今井田部長による、党本部からの資金提供指示により、厚木電装本社工場の永田生産部長と沢井峯春課長、物流システム(株)の野口啓輔社長、溝端バッテリーの溝端浩造社長との間で、納入品管理システムによる不正が計画、実行された。
 溝端会長は不正がどのようにして行われるか知っていた。不正を行いたくなかったから、会長職に退いた。溝端会長も、不正を黙認していた責任を問われるだろう・・・。

 一班の再捜査によれば、事件当時、園田ふみ子は、
「日曜、溝端時江が、お昼頃、子どもを連れて車で出かけ、まもなくコートを取りにもどった。午後一時だった」
 と証言している。溝端浩造宅を訪れた者を見たのは園田ふみ子だけだ。
 溝端会長は、
「十一時前後に、溝端時江が溝端会長宅からコートを取りに溝端浩造宅へもどり、その後、時江と溝端会長は厚木市内で買い物をして、東名高速で富士急ハイランドへ行った」
 と証言している。
 ホームセンターの監視カメラと、東名高速と国道の監視カメラの記録によれば、溝端会長たちがホームセンターを訪れたのは午前十一時過ぎだ。高速高速に入ったのが十二時過ぎ、富士急ハイランドに着いたのは午後二時半を過ぎていた。
 森田正俊が溝端会長の犯行を電話でほのめかしたが、溝端会長は容疑者ではないだろう。
 溝端会長のアリバイが成立した今、野本刑事が言うように、園田ふみ子の証言は信憑性にかける。
 物証が無い・・・。溝端浩造宅の防犯カメラは、なぜ稼動していなかったのか・・・。
 戸外から防犯カメラを停止する方法は無いか?


「三上君。溝端浩造宅の防犯カメラはどんなタイプだ?」
 田上刑事は三上刑事に訊いた。
「赤外線感知型の防犯カメラです。熱源があれば反応して映像を記録します。
 夜間は照明を点灯して映像を記録します」と三上刑事。
「どうやって制御する?」
 田上刑事は三上刑事を見つめた。
「室内のコントロールパネル、あるいはリモコンで制御します。
 リモコンの赤外線でコントロールパネルに指示をします。
 テレビの番組録画再生と方法が似てます」
 三上刑事は電子機器にいくらか明るい。

「それなら、同タイプの防犯カメラを設置している人は、溝端浩造宅の防犯カメラをリモコン操作できるのか?」
「電子機器にくわしい人なら可能だと思います・・・」
「溝端浩造宅の防犯カメラの購入店を調べてくれ。
 同じ型の物を誰が買ったか、二年前までさかのぼって調べてくれ。
 ついでに園田宅の防犯カメラも調べてくれ」
 園田宅は溝端浩造宅の相向いだ。

「報告が遅れました。溝端浩造宅の防犯カメラは厚木電装製です。
 溝端バッテリーが仕事上のつきあいから、厚木電装本社工場から仕入れて販売したものです。報告せずにいてすみません。係長」
「気にしなくていい。このことは捜査とともに判明したことだ。
 仕入れた防犯カメラをどこへ販売した?」
「近隣住民に、と聞いてます」
「園田宅にもか?」
「そうだと思います。調べます」
 三上刑事は部下の刑事二人に指示しようとした。

「ちょっと待て。あからさまに調べるんじゃない・・・」
 田上刑事は三上刑事を制した。
 溝端浩造殺害に園田家の者が関与していれば、溝端浩造宅の防犯カメラを操作した証拠を消される可能性がある・・・。とはいうものの、どうすれば溝端浩造宅の防犯カメラを操作したことを証明できるのか・・・。
 そして、防犯カメラの記録で気になることがある。最後の記録は妻の時江と子どもが出かける場面だった。時江がコートを取りにもどったときの映像は無かった。
 時江が出かけるときの映像が残っているのだから、コートを取りにもどった時江の映像を、溝端浩造が消去したとは考えにくい。
 時江は、コートを取りにもどったことを、事情聴取で話していない。時江がもどったことを説明したのは溝端浩太郎会長だ。
 時江はなぜ、コートを取りにもどったことを話さなかったのか・・・。
 園田ふみ子は、時江がもどった時刻を午後一時頃と話したのはなぜだ・・・。
もしかしたら・・・。
 二人に、任意同行してもらうか・・・。

「園田ふみ子と溝端時江を任意同行しろ」
「同行を拒否した場合はどうします?」と三上刑事。
「溝端時江がコートを取りにもどったことを話さなかったことと、園田ふみ子の証言の時刻が実際と異なっていたことを話せ」
「わかりました」
「では、頼むぞ・・・」
「はい」
 刑事たちが会議室を出て行った。
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