六 三回目の一目惚れ

文字数 3,264文字

 正俊はトイレを出て廊下をもどり、
「すみません。遅くなっちゃって・・・・」
 座敷に入った。
 森田家の全員と原田伸子が、座敷に現れた正俊にむかって正座している。
 正俊は目を見開いたまま一瞬立ちつくし、智子が先ほどのことを家族に話したのを理解した。

 正俊は皆の前に正座し、深々とお辞儀し、
「森田さん。智子さんと正式におつきあいさせてください」
 きっぱりと言った。竹を割ったような性格の正俊は自分の気持をそのまま述べただけだった。
「智子を頼みます。二人で決めたことを大切にしてください」
 智子の父倫太郎は母藍子とともに、ていねいにお辞儀している。
「わかりました。よろしくお願いします。
 後日、父と挨拶にうかがいます」
 そう答えて、正俊はトイレで抱いた疑問を原田伸子に確かめた。
「今日は、見合いだったんでしょう?」
「アハハ、わかっちゃったわね」
 原田伸子は正俊と智子を会わせるために今日の日を計画したことを言い訳しなかった。
「でも、今の言葉は本当よね?」
 正俊の意志を確認した。
「ええ、三回目の一目惚れです」
「どういうこと?」
 原田伸子は意味がわからなかった。
「中学、高校、そして今です・・・・」
 正俊は智子との出会いを説明し、今日まで智子に感じてきたことを話した。

「そういうことは二人の問題だから、二人にまかせて、ご飯にしましょう」
 智子の母藍子は話題を変えようとしていた。二人の間でまとまった話を、原田伸子が壊してしまわないかハラハラしているのが正俊はわかった。
 正俊はなんとなく智子の性格を知っていた。ひょうきんでおおざっぱで、肝心なところはキチッとけじめをつける性格だ。それは中学と高校で、端から見ていて良くわかった。大家族の中で育ったような面倒見が良い性格は、とても一人っ子の感じがしなかった。家業と家族の成せる結果だろうと感じ、堀田運送同様に、自営業の家庭環境がわかる気がした。

 正俊の左に智子が並んで座卓に着いた。相向かいに智子の両親がいる。右隣は原田伸子だ。左隣の上座に祖父母がいる。
「智子って呼んでね。呼び捨てでいいよ。
 私、正俊って呼ぶね。
 形式張ってたら時間がかかる。時間をかけても意味ないから、正俊もそうしてね。
 これ、お母さんとお祖母ちゃんが作ったお昼ご飯。たくさん食べてね」
 堅苦しい雰囲気になると思っていたが、智子が気を効かし座卓に用意された惣菜を取り皿に取って正俊の前に置いた。
「好き嫌いはなかったよね。高校のとき、一年の女子たちに教えてもらったの・・・」
 智子が正俊にほほえんでいる。
 なんてことだ!正俊は驚いた。俺が智子に関心を持ってた以上に、智子は俺に関心を持ってたんだ・・・。まさか相思相愛か?

「私、あなたが私を気にしてたの知ってたよ。
 高校の学年対抗体育大会で、応援団長だったでしょう。二年や三年の応援団長が、正俊は度胸が据わってるって一目置いてたよ。成績も良かったし・・・。
 堀田兄弟は有名だったよ。私は正俊の性格が大好きだった・・・」
 そう言いながら、智子はだし巻き玉子を口へ運んでいる。
「えっ、兄を知ってんの?」
 鮭の塩麹焼きを食べながら正俊は智子を見た。兄を知っているとは思わなかった。
「クラスはちがったけど、おなじ学年だもの。
 私は正俊に興味があったよ。あの頃、今日みたいに言われてつきあってたら、進学はできなかったかも知れないね・・・」
 智子は正俊を見てほほえんでいる。
「今までつきあった人、いなかったん?」
 智子は魅力的だ。こんなかわいい娘を男たちが放っておくはずがない。
「うん、誰もいなかった。
 いずれ、原田さんに頼んで、正俊とお見合いしようと思ってた。
 ね、ノブチン!」
 智子は原田伸子を見てほほえんでいる。以前から智子は心の中で俺を正俊と呼んでいたらしいと正俊は思った。

 智子の説明で原田伸子が困った顔になった。
「ごめんね。新幹線で出会ったのは偶然なのよ!
 ほら、ジュエリーを買ってもらうでしょう。いろいろ話していると、どんな人のこと思っているか、わかっちゃうのよね。
 いろいろ訊いてたら、智ちゃんの好みと正俊さんがぴったり重なったのよ。
 でも、智ちゃんの意中の人が正俊さんのことだなんて、今の今までまったく知らなかったわ!そして正俊さんもそうだったなんて・・・。私はこれくらいにしておくね」
 原田伸子が智子のことを話さなくなった。ご飯を食べながら、森田夫妻と世間話をはじめた。祖父母はニコニコと笑顔で智子と正俊を見ている。

 どことなく祖父の顔が自分に似ていると正俊は思った。
 正俊のまなざしを感じ、智子が祖父母を見て正俊の耳に唇を近づけた。
「お祖父ちゃん、若いときは正俊に似てたんだよ・・・・」
 智子の話を聞きながら正俊は祖母を見た。祖母は智子に似ている。母の藍子も智子に似ている。もしかして、智子の母はこの祖父母の娘なのか・・・。
「お祖母ちゃんはお母さんと私に似てるでしょう。お母さんはここの長女・・・」
 秘密を打ち明けるように智子が耳元でささやいた。
 智子の父倫太郎は婿養子と言うが、一般的に見られるそういう雰囲気はまったくない。

「お父さんはお祖父ちゃんの遠縁なの。小さいときからここに来てて、お母さんと仲よしだったから、大きくなってもそのまま居ついたんだって・・・。おかしいね」
 智子が耳元から離れて正俊を見つめてほほえんでいる。祖父母や両親のことではなく、正俊とのことで念願が叶った表情だ。
「私はいいのよ、森田でも堀田でも。お父さんもお祖父ちゃんもそう言ってるよ」
「俺もどっちでもいいよ。子どもがたくさん生まれれば、そのことは解決するよ・・・」
 ご飯を食べながら正俊はそう言った。

 正俊の何気ない言葉に智子が赤面した。
「まだ、そんなこと、したこともないし、してないよ・・・」
 正俊はしまった!と思った。場違いな話だった。
「ゴメン。そういうつもりじゃないんだ。家族が多いといいねってことだよ。がんばろうね・・・」
 クソッ、また言っちまったぞ。がんばろうね、なんて、何をがんばるんだ?どうする、正俊?正俊は自問自答した。
「ゴメン。いろいろ気をつかわせるようなことばかり言って。深い意味は無いんだよ」

「うん、正俊の正直なの、わかってるよ。がんばろうね!」
 智子が正俊の腿に手をのせて正俊にほほえんでいる。智子は両親の目も祖父母の目も気にしていなかった。正俊はなぜだろうと思った。
「私、まわりの人をあまり気にしない性格なの。高校の時もそうだったよ。だから、友だちにおもしろがられてた。
 親と祖父母が私に、私の好きなことをさせてくれたから、自分の考えを自分なりに確かめられて、とっても良かったと思ってる・・・」 
 俺が育った環境とおなじだと正俊は思った。

 その後も、正俊は思わぬことを話して後悔したが、全て智子が気をつかってくれた。
 二人の和やかな雰囲気はその場を明るくしていた。
 二人はそんなことに気づかず、次の休日に会う約束をした。

「ネエ、良かったら、土曜の午後、ここに来てね。私の部屋でいろいろ話したい・・・。
 だって、さっきみたいなとき、まわりの目を気にしなくてすむでしょう」
 智子は正俊の耳元で、洗面所のことをささやいた。
「人目を気にしないで抱きしめて欲しいなあ。大好きなんだ。正俊が・・・。
 いけないかな?」
「俺も大好きだよ。八年も思ってたんだから、しっかり抱きしめるよ・・・」
 正俊の声はささやきでなく、ごく普通の声だった。
 応援団長に抜擢されるほど正俊の声は大きくて良く響く。正俊の言葉は皆に聞えていた。
 アッ、またやってしまった、と思って智子を見たが、智子より家族と原田伸子たちの方が顔を赤らめていた。
「すみません。本音です。言い訳しません」
 正俊はぺこりと頭をさげた。クソッ、大失敗だぞ・・・。
 正俊の行動はなぜか皆を爆笑させた。
「だいじょうぶ!気に入られてるよ!」
 智子が皆の顔を見て正俊にささやいた。正俊のような若者は他には居ない。皆そう感じている。
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