十八 事件現場再捜査

文字数 1,441文字

 会議終了後。
 田上刑事は現場を再検証する一班の捜査に同行し、事件現場の溝端家にいた。
 昨日、午後二時頃、溝端浩造は腹部を三箇所刺され、腹部に庖丁を刺して仰向けのまま、このオープンキッチンとリビングを兼ねた広い部屋のソファーの前の絨毯に転がっていた。凶器はシンクの収納用引き出しの庖丁立てにあった庖丁だ。柄に指紋は残っていなかった。昨日の現場検証で遺留品は見つからなかった。
 絨毯に残されている被害者の位置状態を確認して、田上刑事はキッチンへ移動した。

 収納用引き出しの庖丁立てには数本の庖丁がある。シンクの他の引き出しを開けると、ナイフやフォーク、アイスピックなどの器具と食器、バーベキュー用の器具などがあった。
 この部屋なら凶器がすぐ手に入る・・・。加害者はこの事を知っていた・・・。

 シンクの上にグラスがあった。蛇口やカップなど使用されたと考えられる全てに付着している指紋を調べたが、家族の物しか検出されなかった。キッチンに遺留品も無かった。
「遺留品はないか?」
 田上刑事は遺留品を探している刑事と鑑識に訊いた。
「はい。何も出ません」
 三上刑事が答えた。
「糸くずの一つも無いのか?」
 被害者からも加害者の遺留品らしい物は見つかっていない。
「はい・・・」
「これらから指紋が拭き取られた形跡はあったか?」
 田上刑事はシンクの洗いカゴのグラスや皿を示した。食器洗い器があるのに使っていない。手洗いする方が経済的なのは事実だ。無駄をしない家族らしい・・・。
「ありません。あったのは家族の指紋だけです。指紋が拭き取られたのは凶器だけです」
「祖父の指紋は出たか?」
「出ませんでした。指紋は家族四人のものだけです・・・」
 祖父母は出入りしてないのかと田上刑事は思った。

「三上君、ここに座ってくれ」
「はい・・・」
 三上刑事が妙な表情になった。
「いや・・・、私が座ろう・・・」
 田上刑事は被害者が倒れていたそばのソファーに座った。
「君が私を刺すとすれば、何を凶器にするか?凶器を持ってきてくれ」
「わかりました・・・・」
 三上刑事はその場からカウンター形式のキッチン内へまわり、シンクの収納用引き出しの庖丁立てから、柄の長い庖丁を取って田上刑事がいるソファーにもどった。

「なぜ、君は、キッチンの庖丁を持ってきた?」
 田上刑事は三上刑事に訊いた。三上刑事は田上刑事の質問にとまどった。
「キッチンに刃物がたくさんあるのを知ってましたから・・・」
「ここのキッチンは、刃物が子どもの目に触れぬよう、収納用引き出しの庖丁立てに収納して施錠できるようになってるが、事件当時は開錠された。
 今、三上君はそれを知ってたから庖丁を持ってきた・・・」
 田上刑事が説明すると、三上刑事の目つきが変った。
「加害者はここの内部事情を知る者ですね!」
「状況はそういうことになる。あるいは、ここの状態を知っている者が加害者に、刃物がどこにあるか教えていた可能性もある」
 この家の内部事情にくわしい者は誰だろう・・・。

 周辺の聞き込みに出ていた二人の刑事から無線が入った。
「係長。やはり近所の住人は、この家に訪ねてきた不審者を見ていませんね」
「誰も来なかったはずはないから、ひきつづき聞き込みをつづけてくれ。どんなことも聞きのがさないでくれ」
 加害者は誰にも見られずにこの家に入ったのか?家に入るにはなに方法があるはずだ。十二月だから、指紋を残さないために手袋をしていても怪しまれない・・・。
「了解しました」
 無線連絡が切れた。
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