二十六 捜査会議二

文字数 2,623文字

 十二月初旬、火曜日、朝。
 厚木署会議室で、田上刑事は刑事たちを見わたして詳細に説明した。

「一班の捜査結果を伝える。
 被害者宅から、加害者の遺留品は何一つ見つからなかった。
 被害者宅を訪ねた不審人物の目撃情報はない。
 つづいて、二班、三班、四班の報告をまとめて説明する。
 まず、納入品管理システムによる不正についてだ・・・。
 厚木電装東京営業本社の今井田部長は国民党の幹部だ。
 今井田部長による党本部からの資金提供指示により、厚木電装本社工場の永田生産部長と物流システム(株)の野口啓輔社長、溝端バッテリーの溝端浩造社長との間で、納入品管理システムによる不正が計画、実行された。納入品管理システムはオンラインで、溝端バッテリーと厚木電装本社工場につながっている。
 溝端浩太郎会長によれば、溝端バッテリーと厚木電装本社工場の締めの毎月二十日過ぎに、物流システム(株)によって、両社のコンピューターと納入品管理システムの保守点検が行われている。
 この保守点検時に、納入に関するデータが改ざんされた場合、締めの二十日を過ぎているため、納入品管理担当者は気づかないとのことだ。
 不正によって流れた金はいったん岸宗典代議士の後援会にプールされ、そこから国民党の幹部の今井田部長へ流れたと思われる。
 前任の夏川公認会計士はこのことを黙認したが、現職の沢口公認会計士は黙認しなかった。
 溝端浩太郎会長、原田後援会長、沢井課長からの事情聴取により、不正に関してはこれで説明がつく・・・」
 田上刑事は刑事たちを見わたした。反論する者はいない。

「私は、溝端浩造社長の殺害動機は不正とは無関係だと思う・・・」
 田上刑事の言葉に会議室が一瞬ざわめいたが、誰も驚いてはいない。刑事たちは、昨夕、森田正俊が説明したように考えているのか・・・。そう思いながら、田上刑事は説明をつづけた。
「溝端浩造社長は荻原重秀に、『後援会からの要請に無理が多い』と話していた。
 仮に、溝端社長が後援会の要求を拒否したために消されたのなら、後援会は貴重な資金源を失ったことになる。
 あるいは、溝端浩造社長が『不正を暴露する』と主張したために消されたと考えた場合、不正を暴露することで、溝端浩造社長はみずからの社会的地位と名誉を失うばかりか、溝端バッテリーの企業的信用を失い、従業員が路頭に迷う。
 社長たる者、そのような思慮のない行動はとらない。
 従って、溝端浩造社長の殺害動機は、不正とは無関係と考える。
 このことに関して、皆の考えを聞かせてくれ・・・・」
 田上刑事は会議室の刑事たちを見わたした。

「係長の考えに異論はないです。
 溝端浩造社長の傷害致死の動機は、何だと考えますか?」
 三上刑事がそう質問した。
「君は、何だと思う?」と田上刑事。
「不正とは無関係な怨恨です」
「その場合、どのような事が考えられる?」
「仕事上のトラブルはなかったから、会社関係ではないです。
 加害者は内部事情を知る者です」
 と三上刑事。

「その前に、凶器について考えよう。
 被害者には被害者宅の庖丁が刺さっていた。
 被害者宅に加害者の遺留品はなかった。
 庖丁はキッチンのシンクの収納用引き出しの庖丁立てにあった庖丁だ。
 事件当日、シンクの収納用引き出しは施錠してなかった。
 シンクの収納用引き出しはいつも施錠している、と被害者の妻が証言しているから、加害者が解錠したのかも知れない・・・。
 だが、単なる知人や友人がキッチン内部を知っているとは考えられない。
 被害者宅の内部事情を知る者が加害者の可能性がある。
 あるいは、被害者宅の内部事情を知る者が、加害者に刃物がどこにあるか教えていた可能性もある。その場合、家の内部事情にくわしい者は誰だと思う?」
 田上刑事は三上刑事を見ながら、他の刑事たちに質問した。

「そうなるとやはり・・・」
 三上刑事の表情が変った。
「私は君たちに、不審者を見なかったか、近隣住民に聞き込みするよう指示した。
 近隣住民から、溝端浩造社長の自宅に不審者が訪ねてきたのを見ていない、という情報を得ただけだ。
 私の指示がまちがっていた可能性がある。
 皆には大変すまないことをしたと思っている」
 田上刑事は刑事たちに頭を下げてすなおにわびた。

「係長、気にしないでください。我々全員、そう思ってます」
 と三上刑事。
「身内が出入りしても、不審には思われないということですね!」
「そうですね。もう一度、現場を捜査しましょう!」
「被害者宅を訪れた人物を探しましょう!」
 他の刑事たちも同意見だ。

「現在、監視および警護に、手抜かりないと思う・・・」
 田上刑事は、現在厚木署の監視と警護下にある対象者を確認した。
 厚木電装本社工場の沢井課長と工場長の永田吉保生産部長は、高倉刑事の二班が監視している。
 三村刑事の三班は、山岸宗典代議士の後援会、原田後援会長からの事情聴取後 物流システム(株)(株)の野口啓輔社長と納入品管理システムの担当者を監視している。
 杉山刑事の四班は、荻原重秀を警護している。
 そして、厚木電装東京営業本社の田辺係長は、警視庁に警護を依頼してある。

「捜査対象から除外していた溝端浩太郎会長と前任の監査役員、夏川公認会計士を捜査しする。
 溝端浩太郎会長は、納入品管理システムの導入時の事情から、不正にシステムを利用する方法まで知っていた。
 なぜ、知っていたか疑問だ。ことによると、事前に、沢井課長や工場長の永田吉保生産部長から、不正をするように持ちかけられていた可能性がある。
 前任の監査役員、夏川公認会計士は山岸宗典代議士の伯父だ。彼が不正な金を追求しなかったことも気になる。
 ここまでの話で何か異論があるか?」
 田上刑事は木村刑事たちに確認した。
「ありません」と刑事たち。

「では、三上刑事の一班は被害者宅の再捜査だ。事件当日に訪ねてきた人物を探せ。
 野本刑事の五班は、溝端浩太郎会長の事件当日の行動を捜査しろ。納入品管理システムの導入と不正の方法をどうやって知ったかも調べてくれ。
 溝端バッテリーで杉山刑事の四班と合流し、協同で、荻原重秀の警護と溝端浩太郎会長の捜査をしてくれ。 
 木田刑事の六班は、前任の監査役員、夏川公認会計士から、不正に関する金の流れを黙認した理由を調べてくれ。不正と山岸宗典代議士の関与も調べるんだ。
 では、捜査を頼むぞ!」
「わかりました!」
 刑事たちが席を立った。
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