二十八 再捜査二

文字数 2,484文字

 十二月初旬、火曜日、午前。
 野本刑事の五班は、溝端バッテリーで杉山刑事の四班とともに溝端バッテリーの会長室にいた。
 ソファーには荻原重秀を同席させて溝端浩太郎会長が、再度、事情聴取を受けている。
 杉山刑事は、テーブルのボイスレコーダーをオンにして、溝端浩太郎会長が、納入品管理システムの導入と不正の方法をどのようにして知ったか質問した。

「不正の方法は、昨日、杉山刑事に話した通りです。
 納入品管理システムの導入は、厚木電装本社工場の永田生産部長と物流システム(株)の野口啓輔社長から、工場長だった浩造を通じて持ちかけられました。
 浩造の話では、表向きの理由は、納入品管理の合理化です。
 裏の理由は、岸宗典代議士の国民党本部からの資金提供要請に答えるために、不正を行って資金を作ることでした。
 私はこうした不正を許すわけにはゆかず、かといって納入品管理システム導入を阻止することもできず、会長職に退きました」
 溝端浩太郎会長は、何もできなかった自身を恥じているようだった。

「会長職に退く前に引っ越した理由は何ですか?」と杉山刑事。
「六十代で会長に退くのですから、何かと新社長の方針に対立することが出てきます。同じ屋根の下にいれば、対立する機会が増えますから、社長引退を良い機会と考えて、事前に引っ越したわけです。
 それとお恥ずかしい話ですが、浩造の妻の時江は、私の元秘書で愛人でした。上の子どもは私の子どもです。浩造はそれを承知で時江を妻にしました。
 ですから、会長に退くのを機会に引っ越したわけでして・・・」

「しかし、今まで、どうやって世間の目を・・・」と杉山刑事。
「私の妻は早く他界しまして、秘書の時江が私の世話をしていました。
 まあ、そんな関係です。
 ああ、私と浩造と時江の関係は、私が話すのも妙ですが、とても良いですよ。
 今となっては、とても良かった、としか言えませんね・・・」
 ソファーに座っている溝端浩太郎会長が膝に視線を落とした。

「溝端会長は事件当日、何をしていました?実は、訊くのを忘れてましてね・・・」
 野本刑事は溝端浩太郎会長を気づかって質問した。
「時江が、私と子供たちを連れて市内のホームセンターで買い物して遊園地へ出かけた、と話したはずです。遊園地は富士急ハイランドです。
 実は、浩造が私と時江と子どものために、いっしょに出かけろ、と勧めてくれたんです。彼なりの気づかいです。
 時江と子供たちはしばらく私の家にいて、コートを持ってきていないことに気づき、時江がコートを取りにもどりました。
 それから買い物して、富士急ハイランドへ行って、夕方帰宅したらあの状態でした」
 溝端浩太郎会長が声を詰まらせてそう言った。

「どこを通ってゆきましたか?」と野本刑事。
「東名高速と国道246号を通りました」
 厚木から国道129号線を走り 東名高速道路 に入る。大井松田ICで東名高速を出て、国道246号線と県道151号線を進み、東富士五湖道路に入る。
 富士吉田ICで 東富士五湖道路を出て県道707号線を進み、富士急ハイランドにいたる。渋滞しなければ一時間四十分程度のドライブだ。

「時江さんがコートを取りにもどったのは、何時でした?」
 野本刑事は警察無線で、三上刑事が溝端浩造宅の近隣住民から得た事情聴取内容を聞いている。
「私の家に来てすぐだったから、十一時くらいでした」と溝端浩太郎会長。
 野本刑事は思った。溝端浩太郎会長の行動は高速道路の監視カメラで明らかになるだろう。そうなると、園田ふみ子の証言の信憑性が消えるぞ・・・。

「ありがとうございました。ご協力感謝します。
 荻原さん、納入品管理システムについて、何か捕捉することはありませんか?」
 野本刑事は荻原重秀を見た。
「何もありません」
「溝端会長の個人情報は他言しませんからご安心ください。
 荻原さんにも、ご協力をお願いします。
 子供たちの未来を守らねばなりません」
 一瞬、野本刑事は荻原重秀を威圧的に見つめ、すぐさまほほえんだ。
「わかりました。私は何も聞きませんでした」
 荻原重秀は、溝端浩太郎会長と時江の関係を他言してはならぬ、との野本刑事の思いを理解しうなずいた。
「質問に答えていただいた内容を署へ連絡します。しばらく席を外します。このままお待ちください」
 野本刑事はテーブルのボイスレコーダーを持って会長室を出た。

 廊下を歩き、会長室から離れると、野本刑事は警察無線で田上刑事へ連絡した。
「係長。野本です。事情聴取結果を報告します。
 溝端時江がコートを取りに自宅へもどったのは十一時前後です。
 その後、時江と溝端浩太郎会長は厚木市内で買い物して、東名高速で富士急ハイランドへ行ってます。
 園田の、十三時頃、時江が自宅にもどった、という証言は、信憑性にかけます・・・」
 野本刑事は事情聴取のボイスレコーダーによる録音を再生した・・・。

「わかった。会長たちが立ち寄ったホームセンターの監視カメラの記録と、高速と国道の監視カメラの記録を証言の時刻と照合する。
 溝端会長と時江と子供たちも警護対象に含めた。その旨、溝端浩太郎会長に伝えてくれ。
 野本君たちは杉山君たちと警護を交代して荻原重秀と溝端浩太郎会長を警護監視してくれ。もうすぐ、追加の警護要員がそちらへ着くはずだ。
 杉山君たちは署にもどって休養するようにと伝えてくれ」
「わかりました」
 野本刑事は無線を切って廊下を会長室へ歩いた。
 係長は手際がいい。かなり先まで読んでいる・・・。

 会長室にもどった野本刑事は田上刑事からの連絡を伝えた。
「では、これで質問は終ります。
 署から、溝端会長を警護するよう指示がでました。もちろん時江さんと子供たちも警護します。
 杉山刑事に代り、私たちと、もうすぐ来る担当刑事が、溝端会長と荻原重秀さんを警護しますので、よろしくお願いします。
 杉山刑事たちは署にもどって休息せよとの指示です」
「では、私たちは署にもどります」
 杉山刑事たちは溝端浩太郎会長と荻原重秀にあいさつし、野本刑事たち敬礼して会長室から出ていった。
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