二十九 再捜査三

文字数 1,207文字

 十二月初旬、火曜日、午前。
 木田刑事の六班は、厚木電装本社工場と溝端バッテリーの監査役員だった夏川公認会計士の事務所にいた。夏川会計士は山岸宗典代議士の伯父である。
 所長室のソファーで一連の事件の内容を説明した後、木田刑事は、
「任意の事情聴取ですから、応じなくてもいいです。応じていただけるなら、内容を記録します」
 と説明した。
「かまいませんよ。質問してください。答えられる範囲で答えます。記録してください」
 夏川会計士は気さくに事情聴取に応ずる旨を述べた。

「日曜の午後はどこに居ましたか?」
「ここで仕事してました。事務員が休日出勤しましたから証明してくれますよ」
「わかりました。
 厚木電装本社工場と溝端バッテリーの納入品管理システムに関連した不正な金の流れを黙認した理由を話してください」
「黙認したわけではありません。納入品に対する経費のキックバックですから、そのまま帳簿に載っていたはずです。
 後任の沢口公認会計士と交代したとき、その月のキックバックが上乗せになり、良品の生産経費がキックバック分アップしたのですが、私が監査していた月のキックバック分が不明確になっただけです。
 ああ、説明不足でした。
 キックバック分は良品経費として扱われるので、不良品に対するキックバックとは表現されません。私が監査役員をしていたときの厚木電装本社工場との取り決めです」
「キックバック経費は不良品に対して一定の割合で支払われるのでしたね」と木田刑事。
「そうです。それを製品個数に換算するんです。先方の納品数は換算個数が上乗せされた個数になっていたはずです」
「そうなると厚木電装本社工場の実際の納入品数が、帳簿上の納入品数より少なくなって、合わなくなりますよ」
「先方がどのようにして実際の数と帳簿上の数を合せたかは不明です。
 製造中の破損などで数を減らして、辻褄を合わせたのでしょうね・・・」

「貢献下請けに対し、存在しなかった不良品に支払いがされても、その事実を証明する物証は存在しない。従って不正を示すのは不可能だ、と言うのですね?」
 納入品管理システムデータの改ざん記録自体が納入品管理システム上で改ざんされている・・・。確かに物証はない。木田刑事は夏川会計士の説明に違和感を感じた。

「貢献下請けに対する不良品経費の補償という名目にすれば、問題なかったのでしょうね。
 いや、それでも架空の不良品をでっち上げて不正な金の流れを作ってしまうか・・・」
 夏川会計士はあくまでも傍観者的な発言をしている。

 本当に夏川会計士は不正に関与していなかったのだろうか・・・。
 そう思いながら木田木村刑事はひとまず事情聴取を打ち切ることにした。
「また、質問にうかがいます。そのときは、また、ご協力ください」
 木田刑事は部下とともにソファーから立っておじぎした。
「ええ、いつでもおいでください」
 夏川会計士もソファーから立ちあがって返礼した。

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