ザッザという、ケンちゃんが穴を掘っている音がする。
みんなで朝ごはんを食べて、それからなぜか、ケンちゃんは穴を掘っていた。
例のおじいちゃんの家の裏山にある洞窟。ボクよりずっと大きいケンちゃんは、ボクよりずっと速く掘る。ボクがあんなに苦労していたのに、ケンちゃんはこんにゃくに刺しているみたいにシャベルがザクっと壁に入る。
ケンちゃんはザクザク掘っていた。
見ているだけで、穴は大きくなる。
ホントに、トンネルでも作るつもりなのかな?
地底人が見つかるまで……。
ケンちゃん、地底人設定、覚えてるのかな?
すっごく掘っていたケンちゃんが立ち上がり、穴から顔を出してボクを睨む。
ニコリともせずにケンちゃんは言う。
昨日、ボクがいなかったから不機嫌なのかな?
シャベルがもう1個あれば、
ボクだって喜んで掘ってるよ。
でも、1個しかないからさ。
残念だけど、ボクはここで見ていることしかできない。
そう言って、ケンちゃんはけっこう深くなっていた穴から出てきて、シャベルをボクの前に投げ捨てた。
ボクはため息交じりにシャベルを手にした。純真無垢なボクのように真っ白で、愛くるしいボクの手にちょうどいい大きさのシャベル……
なんか、ずいぶん薄汚れていた。
持ち手もグラグラする。
ケンちゃんは何も言わない。
寡黙でカッコいいだなんて、思わないからね。
(ボクのシャベルがこんなになるくらい、がんばったってことだもんね。文句を言うのも……)
けっこう、掘ったよね……。
ボクのお腹ぐらいの深さがあって、しゃがむと外から見えなくなりそう。
なんか怖くて、しゃがむのはやめた。
立ったまま、穴の縁のところにシャベルを突き刺す。
ほんのちょっと、土が削れた。
ほんのちょっとだけ。
でも、思っていた以上に、シャベルのグラグラが大きい。
特に反応はない。
『なんでそこ掘ってるんだ?』くらい言うのかと思ったのに。
ちょびっとだけ、土が掘れた。
ホントにホントにちょびっと。
思いっ切り掘ろうとしても、まるで地面に拒絶されているかのように掘れない。
ケンちゃんは穴をザクっと掘っていたけど、ボクはまったく掘ることができなかった。
ボクだって、
ケンちゃんみたいにザクザク掘りたいんだ。
そう言って、少し悲しくなった。
ボクはどうしてこんなに力がないんだろう。
ケンちゃんは怒ったように言って、ボクからシャベルを取り上げる。そして、穴には入らず、ボクが掘っていた場所をザッザと掘り出す。
下に掘るのはやめたようで、今までの穴を広げるような感じに掘りだした。
手を止めて顔を上げ、しかめ面のケンちゃんがボクを見る。
そう言って、ケンちゃんはまたザッザと穴を掘る。
ボクの横の土がどんどん崩れていく。
ケンちゃんは穴を掘る。
ザックザックと力強く。
ホントに上手に穴を掘っていた。
穴を掘ることが天職であるかのように。
好かれてるから、
土が助けてくれてるって感じするよ。
ケンちゃんは黙って穴を掘る。
ザックザックと穴を掘る。
そう思ったら、哀しくなった。
すると、ケンちゃんが手を止めてボクを見る。
俺はおまえよりも力があって、
シャベルの使い方がわかってるだけだ。
いいな……。
カッコいい……。
わんぱく坊主って感じ。
ボクもやってみたいかも……。
でも、ボクには無理だ。
なぜなら、ボクは穴を掘っていないから、ピカピカのお肌のままなんだ。
ボクは鼻で笑った。
誰もがうらやむピチピチお肌がこんなところでアダになろうとは……。
都会っ子の振りをした、隠れ野生児ケンちゃんの本領発揮ってところかな?
(ボクはさしずめ、わんぱく坊主の振りをした都会っ子だもんね……)
土の申し子みたいになってんだけどな……。
でも、肝心のケンちゃんがそれに気づいていない。
やっぱり、ケンちゃんはすごいな。
困った中二だって言うのに、こんなに体力があるもん。
地底人設定、思い出してくれた?
設定じゃなくて、空想だけど。
ボクはこんなに掘れない。
すると、ケンちゃんはまた穴を掘りだした。
俺は土を傷つけているけど、おまえは傷つけていない。きっと、土は俺よりもおまえの方が好きなんじゃないか?
ザックザックと穴を掘っているのは、もしかすると照れ隠しなのかもしれない。
めんどうくさいね、ケンちゃん。
そこはさ、『ショウがちっちゃいからだ。大きくなれば、俺くらいに掘れるぞ』って言うところなんじゃないわけ?
『土はおまえの方が好きなんじゃないか』って言われるとは思わなかったよ。
ケンちゃんはとっても悪い人のような顔でボクを見た。
極悪人だって、こんな顔をしないんじゃないかって顔だった。
ケンちゃんを置いて行くことにして、ボクは穴から出ることにした。
見てるだけなの飽きてたから、ちょうどよかった。