家に帰ると、部屋でママは雑誌を読んでいた。
おじいちゃんの家とは違って洋間でソファーがあるお部屋。
おじいちゃんの家が純和風のためか、うちはめちゃめちゃ洋風だった。
もちろん、ママの趣味。
ベージュが基調で、ふわふわな白いレースとアクセントにピンクのお部屋。
春休みの間は、おじいちゃんの家にいるって言ってたでしょ?
なんてかわいいことを言うのかしら。
ママも会いたかったわ~。
ママはニコニコしてボクをぎゅっと抱きしめて、隣に座らせてくれた。
おばあちゃんはとっても優しいよ。
やっぱりママのママだね。
ママはそう言って、ボクの肩に置いていた手できゅっと抱きしめる。
ママもおばあちゃんのことが大好きだった。
ケンちゃんは大丈夫?
田舎暮らし、慣れてないから平気かしら。
それなりに楽しんでるみたい。
いつも仏頂面してるけど。
ケンちゃんのママとボクのママは姉妹。
つまり、ボクのおばちゃん。
そこまでしなくていいのにと思うけど、
お姉ちゃんも面倒をみるのが好きみたいだからやってもらってるわ。
ママはおばちゃんにいつもいろいろおねだりしている。
でも、それはママなりの姉孝行のようだ。
ボクも自分のわがままのためだけに、わがままを言っているのではない。
ショウちゃんも甘えるの上手だものね。カリカリしながらもいろいろやってくれるケンちゃん、目に浮かぶようだわ。
やっぱりボクはママの子どもなんだって、改めて思った。
ケンちゃんのギターを持って行けば
歌ってくれるって。
ママの運転でケンちゃんの家に来た。
ケンちゃんの家はボクの家から車で20分くらい。
駅に近いところにあるマンション。
ボクの家はどちらかといえば閑静な住宅街だから、なんとなく騒がしく感じる。
エントランスに入り、ママはインターホンでケンちゃんの部屋番号を押す。
ケンちゃんのママ、ボクにとっておばちゃんの声がした。
ケンちゃんのママにふさわしい、抑揚のない低い声。
機嫌が悪そうに感じるけど、機嫌が悪いわけではない。
これがおばちゃんのスタンダードなのだ。
『わたし』じゃないわよ。
来るなら連絡入れてから来なさいって、いつも言ってるでしょ。
インターホンからおばちゃんの声がして、自動ドアが開いた。
(やっぱりおばちゃんは、ケンちゃんのママだな。言ってることとやってることが違うのが同じだ)
ボクとママがいなくなったのに、インターホンからおばちゃんの声がしていた。
***
ボクとママはエレベーターでおばちゃんの部屋まで行った。
居間に通してもらって、おばちゃんはお茶の用意をしてくれていた。
だってお姉ちゃん
お休みだから家にいるって言ってたじゃない。
おばちゃんとお話する時、ママはいつもよりも甘えた感じになる。きっと、おばちゃんといると、安心するんだろう。
言った時はそうでも、
その後、気が変わるってことがあるかもしれないでしょ。
このやりとり、勉強になるかも。
ボクは、おばちゃんが用意してくれたお手拭きで手を拭く。
ケンちゃんそっくりの無言。
でも、テーブルの上にはいい香りがする紅茶とお菓子が並んだ。
短時間でパパパっと用意されちゃうの、すごいと思う。
仏頂面でおばちゃんは言う。
ケンちゃんを彷彿とさせる。
ボクはお皿に乗っているクッキーを食べた。
顔に似合わず手作りクッキー。
おばちゃんはバリバリのキャリアウーマンで家事もできる。
お願いがあったから来たのよ。
急いだほうがいいかなって思ったから。
ショウちゃんが
ケンちゃんのギターを持って行きたいんですって。
ショウくん。
ケンと田舎のおじいちゃんの家にいたのよね?
ケンは自分は動かず、
年下のショウくんにギターを取ってこさせようとしてるの?
おばちゃんが怒り出したように見えた。
でも、怒ってるように見えるだけで、そんなに怒っていないことが多い。
関心の対象がママからケンちゃんに移ったって感じ?
違うよ。
ケンちゃんのギターがあれば歌ってくれるっていうから、ボクが取りに来たの。
おばちゃん、違うの。
ボク、ケンちゃんを驚かせたくて、ひとりで取りに来たの。
途中までだよ。
用事があるからって、そっちに行っちゃったから。
それにしたって、ショウくんをひとりで来させるなんて……。まったくお父さんときたら。ここまで連れて来るくらいの配慮があってもいいでしょ?
ボクはぷりちーな小学3年生だもんね。
おばちゃんの心配もわかるよ。
私もショウちゃんに会えて嬉しかったもの。お父さんのおかげよ。
お父さんのおかげじゃないわよ。
そもそもお父さんが言い出したんでしょ? ケンとショウくんを春休み、田舎で過ごさせるって。
あなただって春休み、ショウくんと一緒にいたかったでしょ?
パパに思いっきり贅沢なディナー
ごちそうしてもらいましょう。
ちょっとだけ迷う。
ボクとしては、早くケンちゃんのギターをケンちゃんに届けて、シャベルの歌を歌ってもらいたいんだけど……。
お姉ちゃん、
ギター預かったら、ランチ行きたいな?
お昼食べてないでしょ?
ショウちゃんとお姉ちゃんと
ランチ食べられたら嬉しいな。
ママのおねだり攻撃。
やっぱりママはすごいな。
小3の子どもがいるようには見えない可憐さ。
(ママが生まれた時から一緒にいるから、免疫ができてるのかも?)
野菜中心のごはん作ってあげるから
食べていきなさい。
おばちゃんも、口ではいろいろ言うけど、ママのことが大好きなんだな。
それからおばちゃんが作ったお昼を食べて、ケンちゃんのギターを受け取った。
(急いで戻ろうと思ったけど、今日はゆっくりしよっと)