16 ケンちゃんのギター

文字数 3,321文字

ママ~

ただいま~

あら、ショウちゃん?

お帰りなさい。

家に帰ると、部屋でママは雑誌を読んでいた。

おじいちゃんの家とは違って洋間でソファーがあるお部屋。


おじいちゃんの家が純和風のためか、うちはめちゃめちゃ洋風だった。

もちろん、ママの趣味。


ベージュが基調で、ふわふわな白いレースとアクセントにピンクのお部屋。

春休みの間は、おじいちゃんの家にいるって言ってたでしょ?

ママに会いたくなって

帰ってきちゃった。

ママが座っているソファーのところまで行く。

なんてかわいいことを言うのかしら。

ママも会いたかったわ~。

ママはニコニコしてボクをぎゅっと抱きしめて、隣に座らせてくれた。

あっちはどう?

おばあちゃんはとっても優しいよ。

やっぱりママのママだね。

あらそう?

嬉しいわ。

ママはそう言って、ボクの肩に置いていた手できゅっと抱きしめる。

ママもおばあちゃんのことが大好きだった。

おじいちゃんは?
いつも通りだよ。

それも困ったものだけど、

元気ってことよね。

うん。
おじいちゃんのことは、特に話すこともなかった。

ケンちゃんは大丈夫?

田舎暮らし、慣れてないから平気かしら。

それなりに楽しんでるみたい。

いつも仏頂面してるけど。

お姉ちゃんもそうね。

ケンちゃんのママとボクのママは姉妹。

つまり、ボクのおばちゃん。

むすっとしてるのに

面倒見がやたらいいのよ。

そうそう、

そんな感じ。

そこまでしなくていいのにと思うけど、

お姉ちゃんも面倒をみるのが好きみたいだからやってもらってるわ。

ママはおばちゃんにいつもいろいろおねだりしている。

でも、それはママなりの姉孝行のようだ。

ボクもそうしてるよ。
ボクも自分のわがままのためだけに、わがままを言っているのではない。
ショウちゃんも甘えるの上手だものね。カリカリしながらもいろいろやってくれるケンちゃん、目に浮かぶようだわ。
やっぱりボクはママの子どもなんだって、改めて思った。
困ったことはない?
ケンちゃんがギター持ってきてって。
ギター?
ケンちゃんのギターを持って行けば

歌ってくれるって。

あらぁ

じゃあ、持って行ってあげないとね。

きっとケンちゃん

歌いたいのね。

ボクもそう思う。
頼んでもいないのに

勝手に歌ってるんだよ。

ふふふ

じゃあ、善は急げね。

ケンちゃんのお家、

行きましょう。

うんっ
ママは話が早いから助かる。




***




ママの運転でケンちゃんの家に来た。

ケンちゃんの家はボクの家から車で20分くらい。


駅に近いところにあるマンション。

ボクの家はどちらかといえば閑静な住宅街だから、なんとなく騒がしく感じる。

…………
エントランスに入り、ママはインターホンでケンちゃんの部屋番号を押す。
はい

ケンちゃんのママ、ボクにとっておばちゃんの声がした。

ケンちゃんのママにふさわしい、抑揚のない低い声。


機嫌が悪そうに感じるけど、機嫌が悪いわけではない。

これがおばちゃんのスタンダードなのだ。

おねえちゃん?

わたし~。

インターホンにママが言う。
『わたし』じゃないわよ。

来るなら連絡入れてから来なさいって、いつも言ってるでしょ。

インターホンからおばちゃんの声がして、自動ドアが開いた。

(やっぱりおばちゃんは、ケンちゃんのママだな。言ってることとやってることが違うのが同じだ)

ありがとう。
急に来たって、何も出さないからね!
怒っているおばちゃんの声がエントランスに響く。
ショウちゃん

行きましょっ

は~い
ママはボクの手を引いて、自動ドアを通る。
ちょっと、

聞いてるの?!

ボクとママがいなくなったのに、インターホンからおばちゃんの声がしていた。

***




ボクとママはエレベーターでおばちゃんの部屋まで行った。
私が出かけてたらどうするつもりだったの?
居間に通してもらって、おばちゃんはお茶の用意をしてくれていた。
(何も出さないって言ってたのに、出てきた)
だってお姉ちゃん

お休みだから家にいるって言ってたじゃない。

おばちゃんとお話する時、ママはいつもよりも甘えた感じになる。きっと、おばちゃんといると、安心するんだろう。
言った時はそうでも、

その後、気が変わるってことがあるかもしれないでしょ。

お姉ちゃんはあんまり気が変わらないもの。
万が一ってこともあるの。
居たから

いいんじゃない?

このやりとり、勉強になるかも。

ボクは、おばちゃんが用意してくれたお手拭きで手を拭く。

…………。
ケンちゃんそっくりの無言。

でも、テーブルの上にはいい香りがする紅茶とお菓子が並んだ。


短時間でパパパっと用意されちゃうの、すごいと思う。

いただきます。
いただきます。
ママも手を拭いて、当たり前のように言う。
……どうぞ。

仏頂面でおばちゃんは言う。

ケンちゃんを彷彿とさせる。


ボクはお皿に乗っているクッキーを食べた。

(おいしい)

顔に似合わず手作りクッキー。

おばちゃんはバリバリのキャリアウーマンで家事もできる。

お願いがあったから来たのよ。

急いだほうがいいかなって思ったから。

そう言って、ママは紅茶を飲んだ。
お願い?
ショウちゃんが

ケンちゃんのギターを持って行きたいんですって。

…………
おばちゃんがボクを見た。
ショウくん。

ケンと田舎のおじいちゃんの家にいたのよね?

うん
ケンはどこにいるの?
おじいちゃんの家にいるよ。
ケンは自分は動かず、

年下のショウくんにギターを取ってこさせようとしてるの?

おばちゃんが怒り出したように見えた。

でも、怒ってるように見えるだけで、そんなに怒っていないことが多い。


関心の対象がママからケンちゃんに移ったって感じ?

違うよ。

ケンちゃんのギターがあれば歌ってくれるっていうから、ボクが取りに来たの。

同じことじゃない。

まったく、なんなの?

あの子は!

おばちゃんがキツイ口調で言う。
まあまあ

お姉ちゃん、落ち着いて。

おばちゃん、違うの。

ボク、ケンちゃんを驚かせたくて、ひとりで取りに来たの。

え?!

ひとりで?

あ、途中までおじいちゃんと一緒。
お父さんが来てるわけ?
おばちゃんの顔がますます怖くなる。
途中までだよ。

用事があるからって、そっちに行っちゃったから。

それにしたって、ショウくんをひとりで来させるなんて……。まったくお父さんときたら。ここまで連れて来るくらいの配慮があってもいいでしょ?
ボクはぷりちーな小学3年生だもんね。

おばちゃんの心配もわかるよ。

私もショウちゃんに会えて嬉しかったもの。お父さんのおかげよ。
お父さんのおかげじゃないわよ。

そもそもお父さんが言い出したんでしょ? ケンとショウくんを春休み、田舎で過ごさせるって。

あなただって春休み、ショウくんと一緒にいたかったでしょ?
久しぶりにパパと二人きりもいいわよ。
春臣さんは?
春臣はボクのパパの名前。
接待ゴルフ。
だからいなかったんだ。
二人っきりになってないじゃない。

今日はね、

ちょっと怒ってるわ。

……

ママ、ニコニコしてる。

とっても怒ってるようだ。

だから今夜は、

夜景が素敵なお店でディナーなの。

…………

そうだ。

ショウちゃんも行く?

急にママがボクに言う。

パパに思いっきり贅沢なディナー

ごちそうしてもらいましょう。

(贅沢なディナー……)

ちょっとだけ迷う。

ボクとしては、早くケンちゃんのギターをケンちゃんに届けて、シャベルの歌を歌ってもらいたいんだけど……。

行く!
贅沢なディナーは捨てがたい。
…………
おばちゃんはじーっとボクを見ていた。

お姉ちゃん、

ギター預かったら、ランチ行きたいな?

お昼食べてないでしょ?

外食ばっかりじゃ栄養が偏るわよ。
今日だけ、ね?
ショウちゃんとお姉ちゃんと

ランチ食べられたら嬉しいな。

ママのおねだり攻撃。

やっぱりママはすごいな。


小3の子どもがいるようには見えない可憐さ。

行かない。
おばちゃんはそれを拒んだ。

(ママが生まれた時から一緒にいるから、免疫ができてるのかも?)

え~

野菜中心のごはん作ってあげるから

食べていきなさい。

おっと、別の案を出してきた。
へへ
ママはホントに嬉しそうな笑顔になった。
何よ

お姉ちゃん大好き。

いい年してバカな事

言ってんじゃないの。

おばちゃんも、口ではいろいろ言うけど、ママのことが大好きなんだな。
それからおばちゃんが作ったお昼を食べて、ケンちゃんのギターを受け取った。
(急いで戻ろうと思ったけど、今日はゆっくりしよっと)
ちょっとだけ予定変更。
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登場人物紹介

ショウ

小学3年生の男の子

ケンちゃん

ショウの従兄

中学2年生

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