27 跡継ぎ

文字数 1,339文字

1170年頃 鞍馬山の木の根道の周辺
くっ!
空には満月が出ていた。

深夜の山道を、木刀を持った牛若丸が走っていた。

はっ!

目の前に現れた根を、ひらりと飛び越える。


硬い地面に入りきらなかった根が、道にうねっている。

慣れているためか、それにつまづくこともない。

ちょこまかと

逃げるでない!

張りのある声が暗い山に響く。

逃げてなどおらん!

振り返り、声変わり前の高めの声で叫ぶ。

出てきて戦わんか!
天狗さんの口車に

乗せられはせん!

牛若丸は恨めしそうに叫ぶ。
はて、

口車とな?

天狗の面をかぶった男はすっとぼける。
こないだそれで出て行ったら、

ボコッボコにされたし……

おじいちゃんならするね。
ふっふっふ
笑ってごまかそうとしている。
だから……
木が二本、生えている場所を通り過ぎ、くるりと向きを変える。
む?
場所を選んでいるんだ!
牛若丸は上手に木をよけて、天狗の面の男に木刀で殴りかかる。
甘い!!
天狗の面のおじいちゃんは、軽々と木刀をよけて頭突きをかます。
……痛い。
フッハッハ


まだまだじゃのぉ
…………
おでこを押さえた牛若丸は、涙目でおじいちゃんを見上げる。
もう一勝負、

お願いする!

男の子だねぇ

牛若丸は悔しそうな目でおじいちゃんを睨み、小さく木刀を構える。

よしよし

いくらでもかかってくるがいい。




***




―― それから800年くらいの時が流れた。
って、時に使った先祖伝来の面なんだぞ。
靴を脱ぐときに、玄関に放りっぱなしにしていた面を持って、おじいちゃんがお小言を言いに来た。
(玄関に放りっぱなしにして、忘れて居間でご本を読んでいたのは悪いと思うけど)
ケンちゃんはまだ帰ってきていなかった。
おじいちゃん
なんだ?

何か言い訳でもあるのか?

それ、先祖伝来じゃないよね?
何を言う。
おじいちゃんが牛若丸に稽古をつけてた時に使ってたお面だよね。
……
おじいちゃんは返事につまる。
だから、ただのおじいちゃんのお面でしょ?
先祖伝来の面を、牛若丸の修行に使ったんだ。
ほんとに?
ボクはお面を持って、確かめようとした。
……
おじいちゃんはお面を背中に隠して、ボクの手に触れないようにする。
……
後片付けせん者には渡せん。
後でやろうと思ってたんだよ~
すぐにやらんか、すぐに。
じゃ、今、する。
本を置いて、天狗の面を受け取るために、おじいちゃんに手を伸ばす。
ワシが片付けるからせんでもいい。
む~
無言の抗議。
この面

何に使ったんだ?

ケンちゃん、

迎えに行くのに使った。

なんで面をつける必要があったんだ?
……恥ずかしかったんだもん。
何もこれを使わんでも……
そのお面、怖いし。
そういう理由で使うでない。
でも、ケンちゃん

そのお面見て、腰抜かしたよ。

…………
「*◇■×△◎」って

声にならない声を出してた。

……じゃあ、次はちゃんと片付けるんだぞ。
今、片付けてもいいよ。
ボクはお面を受け取ろうと手を出した。
今は片付けんでいい。
は~い
らっき~。
…………
ちょっとの間、おじいちゃんはそこにいた。
本を読むのに集中したいから、そこにいられると邪魔なんだよね。
ワシの跡を継げば、この面はおまえの物だ。
厳めしい顔で言った。
いらない。
サクっと答えた。
それなら跡は継がせんぞ。
いいよ
……
……
…………
…………
…………

…………

…………

…………

お願い、継いで。
うん
しかたがないからうなずいた。
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登場人物紹介

ショウ

小学3年生の男の子

ケンちゃん

ショウの従兄

中学2年生

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