14 桃のジュース

文字数 1,622文字

中野ストアは中野さんがやっている。

基本は八百屋さん。野菜やくだものが並んでいて、そこがメインだけど、お菓子も置いてある。


奥に行けば文房具も売っている。

お店にいる中野さんに聞けば、その他の物も出てくる。


こじんまりしてるけれど、四次元ポケットのような個人商店だった。

………………。
ケンちゃんはじーっと陳列棚を見ていた。

いちごとか柑橘類とかキウイとか枇杷(びわ)とか、くだものが並んでいるところだ。

どしたの?
桃、ないな。
桃がなるのは

夏くらいじゃないかな?

今は春休みだもの。
…………。
ケンちゃんがボクを見た。
じーちゃんに頼むと

桃、手に入るんじゃないのか?

うん。
八百屋になくて、夏に手に入るものが、どうしてじいちゃんは入手できるんだ?
中野ストアは八百屋さんじゃないけど、そういうことにしておこう。説明がめんどうくさい。
おじいちゃんだから。
……………………。
てか

ケンちゃん。

ん?
スーパーに行けば、

桃、手に入ると思ってない?

……………………。
ケンちゃんは答えなかった。

それは、ケンちゃんが桃のなる時期を知らないことに他ならなかった。

ケンちゃんは都会っ子だなぁ。
ショウはわかってたのか?
うん。
知ったのは最近だけどね。

桃がほしいと駄々をこねたら今は無理と言われた。それで、桃の花が実になると桃になることを知った。

だから、ほら、

ジュースならあるんだよ。

1リットルのビンに入った桃のジュースを持ってケンちゃんに見せた。
…………高くね?
高いね。
1200円だった。
こっちにしろ。
ケンちゃんは缶に入った手頃なジュースを手にしてボクに渡す。
こっちがいい~。
缶の桃ジュースを返す。
ダメ。

こっちにしろ。

こっちならコップに入れて、みんなで飲めるんだよ。
俺は要らねーし。
おばあちゃんは

喜んでくれると思うよ。

…………。
かわいい孫である

このボクが買ってきたんだもん。

…………。
おいしいね、おいしいね

って言ってくれるおばあちゃんの姿が、ボクには容易に想像ができるよ。

ばーちゃんがくれたのは千円だろ?

足りない分はどうすんだよ。

ボクが払うよ。

ママから『困った時に使いなさい』っていうおこづかいをもらっているんだ。

無駄遣いすんじゃねーっ

つってんだろ?

無駄じゃないよ。

みんなでおいしい桃のジュースを飲めるんだよ。

ボクがそう言うと、ケンちゃんは諦めたのか缶の桃ジュースを元の場所にもどした。
…………。
そして、ポケットの中をゴソゴソ探る。
何をしているんだろう。
ほら……。
ケンちゃんはボクに百円玉を2枚くれた。
いいの?
ケンちゃん、お財布、持ってないの?
ポケットに

たまたま入ってたからやる。

ありがとう!

ケンちゃん

…………
ケンちゃんは照れたように、お店の外に出て行った。
おばさ~ん

桃のジュース、ください!

奥にいた中野さんのおばさんに言った。

1296円だよ。
(税込み価格じゃないんだ?)
けっきょく、ボクはお財布から96円を出した。
(…………ま、いっか)
そんな気分で、桃のジュースが入ったビンを持ってお店の外に出る。
ん……
ケンちゃんがもう百円くれた。
なんで?
ん!
ケンちゃんは『ん』しか言わず、ボクに百円玉を突き出した。

ホント、素直じゃないな……。

おつり、いる?
そう言って、お財布にお金を入れるために桃ジュースのビンを地面に置こうとした。
ん……
ケンちゃんは、そのビンをボクから無理やり受け取る。
ケンちゃん

悪いことしようとしてるんじゃないんだから、『ん』以外の言葉、しゃべってよ。

知らね。
ボクはポケットからお財布を出して、小銭入れに百円玉を入れた。
おつりは?
いらね。
それだけ言って、ケンちゃんはビンを持ったまま、おじいちゃんの家に向かって歩く。

ボクはお財布をポケットにしまうと、ケンちゃんの隣に行ってケンちゃんの手を握って歩いた。

…………
ケンちゃんは手を払うわけでもなく、黙々と歩いていた。
(かっこいいな、ケンちゃん。桃の時期は知らなかったけど、それをカバーして余りあるよ)


この方法で、次もお金を払ってもらおう。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ショウ

小学3年生の男の子

ケンちゃん

ショウの従兄

中学2年生

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色