4 空想してみよう

文字数 3,092文字

おまえ、今までホントにどうしてたんだよ。
それは言えない。
ボクはぐっと口をつぐむ。
なんで?
ケンちゃんがキレそうだ。

ここは適当なことを言っておこう。

ボクは地底人だから、

詳しいことを教えたらいけないんだ。

その設定、

まだ続けるのか?

設定じゃないもん。

地底人だもん。

それじゃあ、

おまえは地底人なんだな?

怒ったようにケンちゃんは言った。

元々カリカリしているような言い方してるけどね。


カルシウム取ったらいいのに。

牛乳じゃなくて、煮干しとか小魚系で。


こんど、用意してあげよう。

……うんっ
ボクは強くうなずいた。

為せば成るだろう、たぶん。

地底人なら外に出られないな。

俺は行くからおまえはここにいればいい。

立とうとするケンちゃん。

ホントにボクを置いて行っちゃいそうだったので、腕にしがみつく。

待って待って、

ケンちゃん、待って。

あ゛?
とっても怖い顔をしたケンちゃんがボクを睨み付ける。
設定じゃなくて空想。

空想だから。

どう違うんだよ。
空想してみればいいよ。

楽しいから。

言葉で説明するよりも、実際にやってみた方がいい。

ケンちゃんにもわかるはずだ。

…………。
ケンちゃんは乗り気ではなさそうだ。

ここはボクの腕の見せ所だね。

ボクとケンちゃんは地底人。

今まで空を見たことがない。

俺も地底人なのか?
さっき言ったじゃん。

なりたい、なりたくないじゃなくて、気が付くと地底人なんだって。

…………。
ケンちゃんから文句が出なかったからボクは続けた。

なんだかんだ言ってても、ケンちゃんはボクの言うことを聞いてくれる傾向がある。

ボクらはね

今日、初めて地上に出ようとしている地底人なんだ。

今日、初めてなのか?
そうだよ。
俺は外から来たから

地底人じゃないって言ってなかったか?

そんなこと言ったっけ?
言った覚えはあった。

でもそう言う。

言ったぞ。

真面目な顔でケンちゃんは言う。



茶化す感じはなく、理論の破たんを突いてくる感じ。

小3の子供(ボク)にも情け容赦がない中2のケンちゃん。



さすがだよね。

ちょっと呆れてもいい?

じゃあ、それは忘れて。

ケンちゃんはずっと地底にいたんだ。

ただ、それはケンちゃんがやっぱり『すごい』ことになる。

愛らしいボクの必殺技『おねだり』が効かないのである。


ボクの『おねだり』は強力で、これに屈する者がほとんどだ。

その『おねだり』が効かないということは、なんの力ももたないボクには、ケンちゃんは脅威と映る。

『なった』んじゃなくて、

『地底人であることを知らなかった』って感じかな?

では、次の武器『言葉』を使用する。

ペンは剣よりも強しなんだな。

…………。
ボクたちは、大人に外の世界があることを教えられてこなかった。だから、地底人ということを知らないんだ。
『地底人』っていうのは

地上にいる人がつける名前だから、地底人にとってはそういう意識がないんだよ。

おまえもなのか?
ボクは知ってたよ。

だからこうして、ケンちゃんに教えることができるんだ。

ご都合主義か?
ムッとしたみたいだ。


ボクにアドバンテージがあるから、それが気に入らないんだね。解る程度の説明をして、納得してもらわないといけないな。

違うモン。

空想だから。

ボクは目を閉じる。

細かいことをごちゃごちゃ言われるのが面倒になった。



ボクがケンちゃんに知ってもらいたいのは、地底にずっといた人がいきなり青い空を見たら、どんな感じになるのかを想像することなんだ。

ボクたちはずっと地底にいて、地上に出たことがない。でも、話では聞いたことがあるんだ。
ボクは目を開けて、茶色い洞窟の壁を見た。
ここを出たら、青い空が広がっているって。

そう言って、洞窟の壁の向こうを意識して手を伸ばした。






なんか本気で青い空が見たい気分になってきたよ。

外があるって知らない地底人なんだろ?

なんで聞いてるんだよ。

ボクは首を振る。

ホント、細かいことに気が付くよね。

物語の世界として知っているんだ。

自分たちが見ている地下の世界ではない、異世界のお話として聞いている。

ふ~ん
ちょっとずつ興味を持ってきたっぽくない?
死後の世界みたいな感じかな?

もしくは海底都市とか、あとは他の星の世界とか。

俺らにとってふつうの地上の世界が、地底人にとっては異世界ってことか?

そうそう。

そういうことだよ。

ふふふふふ。

もっともっと興味を持つがいい。

死後の世界も、海底都市も、他の星の世界も、実際にはないだろ?

あるかどうかはわからない。

…………。
でも、ないって言いきれるの?
…………。
ケンちゃん、こういうの考えるの、キライじゃないよね?
人が死んだ後、どこに行くのか。

それはどこか。

…………。
海底だって調査ができているわけではないんだよ。そこに海底人がいないって、どうして言えるの?
…………。
宇宙なんて、もっともっと広い世界なんだよ。この広い宇宙に、知的生命体がいる星なんて、いっぱいありそうだよね?
可能性はゼロではないが

限りなくゼロだろ?

ロマンとかって

ケンちゃんにはわかんないわけ?

水を差さないでほしい。

まったくもう。

そもそも俺、

地底人じゃないから。

ケンちゃんはそれを知らなかったんだよ。

ああ、そっか。

ボクは(ひらめ)いた。
ケンちゃんは今日それを知って、

本当に青い空があるのか確かめに来たんだ。

おまえは?
ボクはケンちゃんの付き添い。
おまえが俺の付き添い?
うん

付き添いになるかよ。

じゃあ、付き添いと言いつつも、やっぱり青い空を見たかったからついてきたって感じかな?
やっぱりおまえだって

見たいんだろう?

ケンちゃんはそう言ってボクの頭を軽くはたく。
だって、ワクワクしない?

地底人が初めて青い空を見るんだよ。

…………。
きっと、

とっても楽しいよ。

初めて見るんだろ?
そうだよ。
じゃあ、期待と不安が入り混じってるんじゃないか?
ボクは思わず息を吸った。
そうだね、ケンちゃん。

期待と不安でドキドキわくわくな地底人だね。

居ても立ってもいられなくなって、ボクは立つと歩き出した。
何なんだよ、おまえは……。
ケンちゃんもついてきた。
ドキドキわくわくしながら

地底人が青い空を見るんだっ

…………。
それからちょっと歩いて、もう少しで洞窟を出るというところでボクは止まった。
ちょっと待った。
あ?
ケンちゃんも止まる。
設……じゃなくて、

空想のおさらいをしよう。

今、設定って言おうとしただろ?
言おうとしたけど

空想でなかったことにして。

…………わかった。
諦めたようにケンちゃんは言う。

まったく、しょうがないんだから。

目、閉じて。
あ?
より空想がしやすくなるように

目を閉じてください。

そこまで

すんのか?

うん
ったく
なんだかんだ言いながらも、ケンちゃんは目を閉じた。
ボクらは地底人。

ずっとずっとあの茶色い土ばかり見てた。でも、大人たちの目をかいくぐって、今日、初めて地上に来たんだ。

その設定、

さっきと違くね?

目を開けてケンちゃんが言う。
いいの、これで。

そういう気分で、青い空を見てみるの。

他に設定は?
設定じゃなくて空想。
はいはい
投げやりに言う。
ケンちゃんも

自分で考えてみなよ。

子供をあやすように言ってあげた。
めんどうくさい
ホントに子供だな、まったくもう。
しょうがないな。
ボクは目を閉じた。
ボクたちは……

空を見たくて……







見たくて、見たくて……








そして……

ようやくその青い空を見ることができるんだ……

そう言っていたら、ホントにそんな気分になってきた。

そして、ボクは目を開けた。

……
ケンちゃんはまだ目を閉じていた。
目、開けていいよ。
そう言うと、ケンちゃんは目を開けた。

いつも文句ばっかり言ってるケンちゃんが、少しだけ素直な感じだった。

……ったく

めんどくせーな。

そんなことをつぶやくケンちゃんと、ボクは洞窟を出た。
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登場人物紹介

ショウ

小学3年生の男の子

ケンちゃん

ショウの従兄

中学2年生

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