第10話

文字数 1,668文字

 一週間後、オリヴィアの元に合格の知らせが届いた。編入の予定日とそれまでの予定が書かれた紙も同封されている。試験のときに聞いていたのとほぼ変わらない予定表を見ながら、少女はひとりでせっせと準備をした。もちろん、その間も勉強は欠かさない。竜との会話は、一日の予定がすべて終わった後の少しの時間だけになった。
『今日は、昨日よりも少し長く飛べたんだ。洞窟まではまだ届きそうにないけど、次にオリヴィアが来たときは、一緒に空を飛べるよ』
「すごい。どんどん飛べるようになるわね、フィンレイ。一緒に飛べる日が楽しみだわ」
『僕も楽しみだよ、オリヴィア』

『オリヴィア、寝ちゃったかい』
「寝ようとしてたところだけど、まだ起きてるわ」
『ああ、ごめんよ。お話しするは明日にして、今日はもう眠る?』
「いいえ、少しでもお話ししたいわ。途中で寝ちゃったらごめんなさい」
『僕も、途中で寝ちゃったらごめんね』

「なかなか会いに行けなくてごめんなさい、フィンレイ」
『君が謝ることじゃないよ、オリヴィア』
「あなたに会いたいわ、フィンレイ」
『僕もだよ、オリヴィア。大切な友達』

「今日やっと、いまの学校の転校手続きが終わったわ。荷物も全部持って帰ってきたの。さすがに重たかったわ」
『お疲れさま、オリヴィア。引っ越しはいつなの?』
「明後日よ。明日一日で、荷造りをするわ。まあ、私はあまり物を持っていないから、すぐに終わるでしょうけど」
『じゃあ、明明後日には首都なんだね。怖くない?』
「怖いわ。でも、あなたがいる」
『うん。僕はいつも一緒だよ、オリヴィア』

 乗り合い馬車の中で、オリヴィアは一輪の花をもてあそんでいた。あまり触っているとしおれてしまう。そう思っても、手を止められなかった。出発の前夜、どうしても少しだけ来てほしいとフィンレイに言われた。一も二もなく彼の元へ向かうと、今度はついてきてと言われ、案内された先にこの花が咲いていた。
『僕は摘めないけど、プレゼントだよ。明日から、頑張ってね』
『……ありがとう。でも、この花の色って』
『うん、赤色だよ。あのね、オリヴィア。僕、この花を見たとき、真っ先にオリヴィアのことが浮かんだんだ。オリヴィアの髪は、花の色なんだよ』
 泣いてしまったオリヴィアが落ち着くまで、優しい竜はずっと寄り添ってくれていた。思い出すだけで頬が熱くなる。
 この花を一生大切にしよう。
 窓の外はすでに街路になっている。通りを歩く人々は故郷の人々よりもずっと垢抜けていて、自分の持っている服を思うと少し恥ずかしい。学校は制服があるけれど、休日には同じ寮の人に見られてしまう。些細なことが悪意になることを、オリヴィアはよく知っている。
 景色の流れが次第に遅くなっていく。もうじき、降りなければ。
 花をそっと手鞄にしまい、潰してしまわないように気をつけて口を閉じる。
顔を上げて窓の外を見ると、小さく赤い頭が見えた。だんだんと近づいてきて、表情がわかるようになって、馬車は止まった。
「久しぶり、オリヴィア」
「はい、お久しぶりです。迎えに来てくれてありがとうございます、テオ兄さん」
 差し出された手に捕まって、馬車のステップを降りる。目が合うと、なぜか従兄は驚いた顔をしていた。なぜかと首を傾げそうになって、ようやく気づく。
 きっと、この従兄にこうして触れたのは、いまが初めてだ。
 少女は、従兄が味方であるとごく自然に受け入れている自分に驚いた。竜と友達になる前は、絶対にその手に頼ることなどしなかった。
(ああ、フィンレイ。なにもかも、あなたのおかげだわ)
 顔が熱くなったような気がして、オリヴィアはあわててうつむいた。手を離して、荷物を持ち直す。
 少し間をおいて、行こうか、と頭上から声が聞こえる。折角持ち直した荷物を自分が持つからと取り上げられてしまったが、それにも素直に従った。てくてくと人通りの多い道を歩く。いつも通りうつむいているとはぐれてしまうので、自分と同じ色の髪を見ながら。
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登場人物紹介

オリヴィア

赤い髪の女の子。引っ込み思案気味だか実は頑固者で、一度言い出したら聞かないタイプ。きわめて努力家だが自己評価が低い。

フィンレイ

寂しがりで知りたがりな竜の子供。たぶん男の子。普段は異世界の洞窟に棲息しており、影を通してオリヴィアに語り掛けている。

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