第20話

文字数 1,549文字

 深く、清々しい森の中を騎士の一団が行軍していた。数は約五十。王宮にいる騎士の中でも精鋭であり、その中に選ばれたことを、テオは光栄に感じていた。
 先頭を行くのは年老いた魔術師。王に仕える、最高齢の魔術師だ。テオは、複雑な思いで森に視線を巡らせる。様々な技術が発展して来ている現代において、魔術師に大きな価値はなくなっているのだと思っていた。本人もすでに隠居同然で、滅多に姿を現さないことがその証拠だと考えていた。しかし、その力の大きさを、いやがおうにも体感してしまったいまでは、もはや同じようには考えられない。
 この森は、自分たちの国と気候が違う。そもそも、地理的な場所もわからない。王宮の地下から不可思議な陣を通り、気がついたら森の中だった。
(力ある魔法使いなんてものが、本当にいたんだな)
 だからこそ、この先への不安がある。なにせこの行軍は、老いた魔法使いが王に直接進言したもの。にもかかわらず、目的を教えられていないのだ。
遠征を開始してから、すでに三日。いま、国内で起きている治安の悪化に関わるものを探しているのだとは聞いたが、それ以上はなにもわからない。
(百年前と同じ状況かもしれないからそれを確認する、とのことだが。こんな、なにもない森でいったいなにを確かめるんだ?)
 森の中は、重なり合って枝を広げる木々のせいでやや暗い。周囲を警戒するが、これまで人間に遭遇したことはない。それどころか、小型大型問わず、動物の影すら見ない。たまに鳥の鳴き声は聞こえるが、羽の一枚も落ちていない。
(なにもいなさすぎて、いっそ不気味だな)
 見つけたものをすべて報告しろ、と魔術師から命令されているが、木々以外にはまったくなにも見かけない。百年前の暴動について、歴史や教訓として学んだことを記憶から引っ張り出すものの、いまの状況と符合するものは特になかった。
(オリヴィアに聞いてみればよかったか。とはいえ、遠征が決まってからオリヴィアに連絡を取る時間もなかったしな)
 時間があまっているから、とひたすら読書にいそしんでいた従妹を思い出す。彼女の知識は、本人の自認よりも遙かに広範だ。性根の劣等感のせいでそのことに気づいていないのはもったいない、と彼は常々考えている。
(まあ、あの友達は、思ったことは口にするタイプのようだったし、いずれ自信もつくだろう)
 そこまで考えて、青年騎士は小さく頭を振った。任務から気がそれている。小さく深呼吸をして、意識を切り替えた。
 ざくざくと、地面を踏みつけて進む。

 ゴウ、と大きな音がして、一瞬だけとても大きな影が差した。直後に強風が騎士たちをおそう。突然のことに混乱しながら、騎士たちは乱された隊列を慌てて整えた。
 影の正体はなんだったのかと、周囲の仲間たちと同じように、テオも空を見上げる。しかし、重なる枝葉の上までは見通せない。正体不明の影に、騎士たちは顔を見合わせてざわついた。
「鳥にしては大きすぎる」
「けど、鳥以外に空を飛ぶ生き物なんていないだろ」
「大群だったんじゃないか? 首都でも見かけるような鳩の群、あれの何倍もの大群だったのかもしれない」
「それでもおかしい。たとえ大型の鳥であっても、隊列を崩せるような風が起きるなんて」
 戸惑いの声を聞きながら、テオは前方にいる魔術師の様子を確認した。すでに周囲の騎士によって助け起こされている。しかし、声をかける騎士たちには目もくれず、老いた魔術師は、じっと空をにらんでいた。
(まさか、さっきのあれが捜し物じゃないだろうな)
「騎士たちよ、聞いてほしい」
 嗄れた声によって、水を打ったように隊が静まりかえる。老魔術師はゆっくりと語り出した。

 この森には、竜が棲んでいる。
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登場人物紹介

オリヴィア

赤い髪の女の子。引っ込み思案気味だか実は頑固者で、一度言い出したら聞かないタイプ。きわめて努力家だが自己評価が低い。

フィンレイ

寂しがりで知りたがりな竜の子供。たぶん男の子。普段は異世界の洞窟に棲息しており、影を通してオリヴィアに語り掛けている。

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