第22話

文字数 2,277文字

 釈然としないまま、騎士たちは竜を捜索した。
 鉄の踵で森を踏み荒らしながら、影の飛び去った方角へと足を進める。
 何時間も進み続け、ついに煌めく湖と、湖畔でうたた寝する竜を見つけた。

***

 フィンレイは湖畔で、ただくつろいでいた。考えるのはオリヴィアのことだ。今頃なにをしているだろう。勉強ははかどっているかな。新しい友達は増えたかな。竜はそよ風と太陽の光を浴びて、赤い髪を思い出しながら、夢心地でいた。
「かかれ!」
 その言葉が耳にはいるまでは。
 聞いたことのない声、脈絡の不明な言葉だが、意味はわかった。
 ああ、ついにきた。
 まだ遠いけれど、人間はきっと自分を取り囲んで殺そうとするのだろう。この国での殺し方も知らずに。
 どうしたらいいだろうかと悩んでいると、体になにかがたくさん当たった。ぱらぱらと地面に落ちたそれを、フィンレイは注意深く観察する。
(矢だ。弓矢。見たことはないけど、知っている。狩りの道具。戦いの道具)
 それが自分に当たって落ちたということは、きっと自分を射抜こうとして放たれたのだろう。フィンレイは他人事のようにぼんやりと、そう考えた。そうでなければ、この場で泣いてしまいそうだった。
 でも、泣いてはいけない。泣いたって、どうにもならないのだ。
 表面上は平然として見える竜におののくことなく、騎士たちは森から出撃する。フィンレイは戦う気はないが、殺されるつもりもない。これで帰ってくれないかなと思いながら立ち上がり、力強く翼を羽ばたかせた。風にあおられた先頭の集団が体勢を崩し、立ち止まる。
 その中にひとりだけ、赤い髪の騎士がいた。
 思わず注目する。花のように赤い髪。自分をにらむ瞳は翡翠ではなく、黒々としている。背は高く、鎧にしまわれている体は、決して華奢ではない。
 似ているか似ていないかで言えば、髪の色以外はまったく似ていない。
 それでも、その騎士が誰なのか、フィンレイにははっきりとわかった。視線もあったような気がする。体をぴくりとも動かせなくなる。
 傷を作れない矢が再び放たれ、ちくちくと痛みが刺さる。のどかな湖畔を踏みしめて騎士たちが向かってくるのを、フィンレイは微動だにせず見ていた。
「そこまでです、異邦者達」
 音もなく、風もなく。空間からにじみ出るように、黒い女王が姿を見せた。唐突に出現した彼女に騎士たちがひるむ。彼らを見渡し、振り返ることなく女王は命令した。
「洞窟へ帰りなさい、フィンレイ」
「いいのですか?」
「ええ。彼らに貴方は殺せませんし、貴方にも彼らは殺せません」
「……そうですね。それでは、失礼します、女王陛下。さようなら、みなさん」
 騎士たちを、そして目の前の女王を吹き飛ばしてしまわないよう、数歩下がる。もう一度赤い髪の騎士を見て、フィンレイは羽ばたいていった。
 無防備に腹を晒す竜に矢をつがえる者はいない。騎士たちは、ただ立っているだけの女王から、目を離せずにいる。
 テオも注意深くその挙動を観察した。羽ばたきだけで自分たちを転ばせた竜が、素直に従った存在。どんな恐ろしい魔法を使うかわからない。
 数多の警戒の目をものともせず、煌めく黒衣を身にまとった金の片目は、じっと騎士たちを見渡している。
 テオは一瞬、けれどしっかりと、目があったような気がした。さっき竜からも感じた、探るような目。
 年若い騎士は、自分のなにを探るつもりなのかと眦を強くする。短慮に斬りかかることはしないが、体に力を込める。
「女王自らお出ましになるとは。とうとう我らの国を滅ぼすおつもりか」
 湖面の波音をかき消して、年老いた魔術師が女王に問うた。女王の片目がきり、と釣りあがる。
「おかしなことを。先に私たちを滅ぼそうとしたのは、そちらでしょうに」
「なんの話ですかな」
「人は寿命こそ短くとも、口伝する事に長けていると思っていましたが、どうやら思い違いだったようですね」
 女王はわざとらしく嘆息したが、騎士や魔術師からはなにも返ってこない。没交渉を示され、彼女は再び嘆息した。
「竜を殺しにきたのですか」
「探すだけのつもりだったのですが、どうにも眠っているように見えたもので。かの竜の呪いにより、我が国は荒廃しつつある。国を、民を守ることがここにいる全員の使命です」
「……そうですね。否定はしません。竜による荒廃も、貴方達の使命も。それぞれ、そう定められた存在です」
 女王は目を伏せる。テオにはそれが、悲しむような仕草に思えた。再び顔を上げた女王は、魔術師だけを見据えている。
「貴方たちでは、竜は殺せません。私たちを殺すために必要なものを、貴方達は持っていない」
 女王の一言一句を聞き漏らすまいするテオの耳に、なに、と魔術師の戸惑う声が聞こえた。
 もう話すことはないということなのか、女王の姿が消えはじめた。にじみ、ぼやけ、溶けていく。
「その必要なものを、教えてはいただけないのですかな」
「……すでに持っている人間が、貴方達の国にはいます。どうしても竜を殺したいのなら、見つけることです。
 あちらが了承するとは、限りませんが」
「国のためと教えれば、了承するでしょう。して、それはいったいなんなのです」
「国のため、家族のため、あるいは名誉のためと説いたところで、納得できない人間もいましょう」
 女王は魔術師から視線をはずし、騎士たちを眺める。金の視線は、ゆっくりと巡りながら、消えていった。
 テオはやはり、目があったような気がした。
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登場人物紹介

オリヴィア

赤い髪の女の子。引っ込み思案気味だか実は頑固者で、一度言い出したら聞かないタイプ。きわめて努力家だが自己評価が低い。

フィンレイ

寂しがりで知りたがりな竜の子供。たぶん男の子。普段は異世界の洞窟に棲息しており、影を通してオリヴィアに語り掛けている。

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