第32話

文字数 1,437文字

 地底湖のほとりでくつろぐ白い竜の元に、赤い髪の少女がやってきた。手に持った大きなバスケットには、きっとサンドウィッチが入っている。それだけで、フィンレイは嬉しくなってしまう。
「いらっしゃい、オリヴィア」
「おはよう、フィンレイ。今日は、サンドウィッチを持ってきたの。あとで食べましょう」
「うん。楽しみだなあ」
 ブランケットに座ったオリヴィアが、フィンレイの白いおなかにもたれかかる。その体が少し震えていることに、竜は気づいた。
「寒いの、オリヴィア」
「……いいえ。貴方がいるから、寒くないわ」
「よかった」
 光苔の薄明かりと遠くで響く風の音。
 日の射さない水辺は寒いけれど、竜のおなかと少女の背中だけはあたたかい。
「今度ね、トリシャのお父さんのお見舞いに行くことになったの。ケーキ屋さんに寄って、お見舞いにクッキーを買うつもり」
「ケーキ屋さんにはクッキーも売っているの?」
「ええ。プリンもあるわ。買って帰ることができるものは結構多いの」
「そうなんだ。すごいねぇ」
「なにか買ってきましょうか」
「ううん、いらないよ。もうたくさん、もらってるもの」
「そう? あなたがそう思ってくれるなら、嬉しいわ」
「僕も君になにかあげられたらよかったんだけど」
「お花をくれたじゃない。栞にして、いつも持ち歩いているのよ。今日も持っているわ」
「本当に? 嬉しいな」
「私、赤い髪が嫌いだったの。でも、あなたが花みたいだって言ってくれたから、少しだけ好きになれたわ」
「だって、本当に花みたいだもの」
「ありがとう、フィンレイ。
 それでね、トリシャにも髪飾りをもらったでしょう? 彼女は私が自分の髪の色を嫌いだったって知らないから、髪を伸ばさないのかって言われて」
「伸ばすの?」
「ええ。ちょっと抵抗があるけど、あなたがほめてくれた髪だから。でも、ずっと短くしていたから、少し不安なの。似合うと思う?」
「似合うよ。きっと、とても似合う」
「あなたがそう言ってくれるなら、大丈夫だわ」
「いいなあ、オリヴィアは色があって」
「あなたの白だって、素敵よ。周りのものが写り込むのが嫌だと言っていたけれど、それだって、悪いことじゃないわ。だって、決まった色じゃない、何色にでもなれるってことだもの」
「そうかなあ」
「そうよ」
「そうか。オリヴィアが言ってくれるなら、きっとそうだね。嬉しいな、何色にでもなれるんだ、僕は」
「たくさんの色のフィンレイを見たわ。森の緑も、夜の黒も、湖や海の青も…… 全部、素敵だった。本当よ」
「ありがとう、オリヴィア。君がそう言ってくれるだけで、僕はとても嬉しい。白い体でよかったとすら思うよ」
「大げさなフィンレイ。でも、本当に本当よ。
 素敵なものを、たくさん見たわ。たくさん、あなたにもらったわ」
「僕もだよ、優しいオリヴィア。たくさんたくさん、素敵なものを君からもらったよ」
「私、あなたに出会えて、本当によかった」
「僕も、君に出会えて、本当によかった」
「あなたと友達になれて、幸せよ」
「僕も、君と友達になれて、幸せだよ」
「……ねえ、寒い?」
「ううん。もう寒くないよ。オリヴィアは?」
「私も、寒くないわ」
「もう、大丈夫?」
「ええ。大丈夫よ。ちゃんと、大丈夫だから、心配しないで」
「それなら、いいんだ」
 少女の体が竜から離れる。やっぱり少し寒いと思ったけれど、どちらも口には出さなかった。
「おやすみ、オリヴィア」
「おやすみなさい、フィンレイ」

「僕、君のこと、大好きだよ」
「私も、あなたのことが、大好きよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

オリヴィア

赤い髪の女の子。引っ込み思案気味だか実は頑固者で、一度言い出したら聞かないタイプ。きわめて努力家だが自己評価が低い。

フィンレイ

寂しがりで知りたがりな竜の子供。たぶん男の子。普段は異世界の洞窟に棲息しており、影を通してオリヴィアに語り掛けている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み