第21話

文字数 791文字

 少しだけ昔の話。百年前に、ある勇者がいた。
 その頃、国は荒れていた。殺人や強盗などの治安悪化。異常気象と自然災害による大凶作。町には暗い顔でうつむいて歩く者しかいなかった。
「それが、竜の呪いであることを、時の魔術師が突き止めた」
 すぐに討伐隊が組まれた。国中から集められた選りすぐりの精鋭達は、しかし、まったく歯が立たなかった。剣も矢も槍も、竜の皮膚を貫くどころか、小さな傷一つ作ることができなかった。
 竜は特別、騎士たちを攻撃することもなかった。大きな翼の羽ばたきが隊列を乱れさせ、虫を払うかのように長い尾を振るうだけで、騎士たちは吹き飛んだ。竜と人では大きさが違いすぎて、戦うことすらろくにできない有様だった。
 このことは国民には伏せられた。竜にかすり傷一つつけられない状態では、国民に知らせても絶望が増すだけだ。公表は竜を打ち倒した後に行なうと決定した。そして、王は不況と治安悪化に対する特別法を作る傍らで、密かに討伐の命令を出し続けた。しかし、やはり倒せなかった。
「首都では、ついに暴動が起きた。騎士たちはそれも治めなければならなかった。守るべき市民に剣を向けることは、さぞやつらかっただろう」
 暴動を治めた翌日、騎士たちは進んで竜の討伐へ向かった。市民に剣を向けなければならなかった悲しみと、その原因となった竜の呪いへの怒りが、彼らをそうさせた。しかし、竜の住処にたどり着いたとき、彼らは意外なものを見た。
「そこには、倒れ伏す竜と、剣を握りしめ、竜を見つめる青年がいた」
 青年は、騎士たちに振り向かずに言った。
『私が竜を殺しました。これ以上の悲しみには耐えられぬと嘆く友のため、この手で、この剣で、殺しました。
 あとは、法が国を治めるでしょう』
 青年は、騎士たちには目もくれずに立ち去った。国王が国中を探しても、彼を見つけだすことはできなかった。
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登場人物紹介

オリヴィア

赤い髪の女の子。引っ込み思案気味だか実は頑固者で、一度言い出したら聞かないタイプ。きわめて努力家だが自己評価が低い。

フィンレイ

寂しがりで知りたがりな竜の子供。たぶん男の子。普段は異世界の洞窟に棲息しており、影を通してオリヴィアに語り掛けている。

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