第17話
文字数 1,013文字
静かな地底湖でうとうととしていたフィンレイの耳に、ささやかな衣擦れの音が聞こえた。友かと思って呼びかける。返ってきたのは違う声だった。
「いいえ、私です、竜よ」
「女王陛下。こんなところに、どうしたんですか」
伏せていた体を起こす。声のする方に向き直ろうとすると、そのままでいいと止められた。女王が自ら回り込み、竜と対峙する。
「ただ、貴方の様子を見に来ただけです」
「僕は、変わりません。相変わらず……、幸せです」
小さな主を見るためか、それとも心情故か、竜はうなだれながらそう告げた。そんな竜に女王は一歩近づく。
「あなたは優しく育ちました。この暗く静かな地底湖で、ひとりきりだったにも関わらず、人間の少女と友になれるほど、優しく」
「オリヴィアが、優しかったからです。いけないってわかってたのに、優しかったから、つい甘えてしまった。
泣いていた僕を、オリヴィアは叱ってくれました。泣いたってなにも変わるわけじゃないって。できることは僕にもオリヴィアにも少なかったけど、寄り添ってくれました」
竜は、少女と初めて会話したときのことを思い出す。泣いたってなんにもならないと投げつけられた言葉はとても痛かった。ほかにできることがないと言い募ると、今度は泣かせてしまった。この声も、自分と同じく寂しいのだと、それでわかった。
ほかにできることがないからと泣いた自分と、それでも泣くものかと唇をかんでいた少女。
「偶然だったと思います。たまたま、オリヴィアだった。
でも、それでもよかったんです。友達になってくれた。僕を見ても怯えずに、笑ってくれた。名前をくれて、呼んでくれた。きっと僕は、いままでで一番幸せな竜です」
光苔のわずかな明かりの中でも鮮やかな、少女の赤い髪を思い出す。それだけで、竜は気持ちがあたたかくなる。暗い地底湖は、もはや寒い場所ではない。
「幸せなのですね、竜よ」
「はい。ごめんなさい。いけないって、わかってたのに」
「いいえ。貴方が悪いわけではありません。しかし、貴方が幸せならば、私はあの少女に剣を授けなければなりません。
私を、この世界を、恨みますか?」
「いいえ。僕は、オリヴィアに出会えました」
きっと、こんな世界でなければ、出会えなかった。
自分よりもずっと小さな国主を見て、竜はそう断言する。そうですか答える女王の目には、わずかに哀れみがあった。
愛情はなかったけれど。
「いいえ、私です、竜よ」
「女王陛下。こんなところに、どうしたんですか」
伏せていた体を起こす。声のする方に向き直ろうとすると、そのままでいいと止められた。女王が自ら回り込み、竜と対峙する。
「ただ、貴方の様子を見に来ただけです」
「僕は、変わりません。相変わらず……、幸せです」
小さな主を見るためか、それとも心情故か、竜はうなだれながらそう告げた。そんな竜に女王は一歩近づく。
「あなたは優しく育ちました。この暗く静かな地底湖で、ひとりきりだったにも関わらず、人間の少女と友になれるほど、優しく」
「オリヴィアが、優しかったからです。いけないってわかってたのに、優しかったから、つい甘えてしまった。
泣いていた僕を、オリヴィアは叱ってくれました。泣いたってなにも変わるわけじゃないって。できることは僕にもオリヴィアにも少なかったけど、寄り添ってくれました」
竜は、少女と初めて会話したときのことを思い出す。泣いたってなんにもならないと投げつけられた言葉はとても痛かった。ほかにできることがないと言い募ると、今度は泣かせてしまった。この声も、自分と同じく寂しいのだと、それでわかった。
ほかにできることがないからと泣いた自分と、それでも泣くものかと唇をかんでいた少女。
「偶然だったと思います。たまたま、オリヴィアだった。
でも、それでもよかったんです。友達になってくれた。僕を見ても怯えずに、笑ってくれた。名前をくれて、呼んでくれた。きっと僕は、いままでで一番幸せな竜です」
光苔のわずかな明かりの中でも鮮やかな、少女の赤い髪を思い出す。それだけで、竜は気持ちがあたたかくなる。暗い地底湖は、もはや寒い場所ではない。
「幸せなのですね、竜よ」
「はい。ごめんなさい。いけないって、わかってたのに」
「いいえ。貴方が悪いわけではありません。しかし、貴方が幸せならば、私はあの少女に剣を授けなければなりません。
私を、この世界を、恨みますか?」
「いいえ。僕は、オリヴィアに出会えました」
きっと、こんな世界でなければ、出会えなかった。
自分よりもずっと小さな国主を見て、竜はそう断言する。そうですか答える女王の目には、わずかに哀れみがあった。
愛情はなかったけれど。