第31話

文字数 2,702文字

 どんな顔をしたらいいのかわからなくてうつむく。ずっとしてきた、けれどフィンレイと出会ってからはしなくなった仕草は、久々にすると、ひどくきまりが悪かった。
「トリシャの様子はどうだ?」
「元気にしています。過ぎたことだからって、笑顔で…… 私の方が心配されてしまいました」
 それでも、以前と比べたら、言葉がすらすらと出るようになっているな、と頭の隅でぼんやりと考える。はじめてこの喫茶店で従兄と話したときのことを思い出す。あのときもトリシャの話題が出た。勉強は大丈夫だ、友達ができたと報告した。
 オリヴィアは関係のないことに頭を働かせた。そうしていないと、従兄に竜のことを訴えかけてしまいそうだった。
(聞いてくれるとは思う。でも、絶対に困らせてしまう)
 それはいけない、とオリヴィアは頭を振りそうになり、慌ててこらえる。従兄の気遣う様子に気づいて、無理に笑顔を浮かべようとした。テオはそれを無言で見つめる。そして、一度視線を落としてから、改めてオリヴィアに呼びかけた。
「実は明日から、竜の住処の捜索任務に当たることになった。不安にさせるだろうから言わずにおくべきかとも思ったが、まったく連絡が取れなくなる可能性もあるからな。伝えておく」
 それは、間違いなく討伐のためだろう。オリヴィアは息をのんだ。それを見たテオは、従妹を安心させるため、大丈夫だと笑った。
「住処を探すだけだ、退治はしない。剣も見つかっていないしな。
最初に竜を見つけた湖は常に見張っているが、一度も現れないんだ。剣を手に入れ次第、竜退治ができるようにするための、いわゆる下準備だな。まだ戦いにはならない」
「……でも、いつかは、戦うんですよね」
「それは、まあ、そうだな…… だが、必要なことだ。俺でなくても、誰かは行く」
テーブルの上で組んだ指に力が入る。少し痛くなって、オリヴィアはそれを無理矢理ゆるめた。
(なんとか、退治しなくてすむようにしたい)
 自分のことを思い出しただけで幸せになれるのだと、あの竜は言っていた。少女も同じだ。竜のことを思い出すだけで、勇気が生まれる。
 少女は顔を上げて、目の前の騎士と向き合った。
「あの、テオ兄さん。竜を退治せずにすむ方法は、ないんですか? たとえば、呪いだけを解く、とか。宮廷魔術師様は、この国で一番の魔術師なんですよね。剣以外の解決方法はないんですか?」
 テオはオリヴィアの質問を、ただ自分や、仲間の騎士たちを案じてのものだと受け止めた。暗い部屋でひとりきりだったにも関わらず、優しく育ってくれ従妹を、嬉しく思いすらした。しかし、期待を持たせてぬか喜びをさせるわけにはいかない。
「残念だが、それは無理だ。騎士団でもその話は出た。だが、あるかどうかわからない解呪方法を探すより、確実に治安を戻せる竜退治を完璧に遂行すべき、となった。治安悪化で、純粋に騎士の仕事も増えていてな。人手もあまり割けないないんだ」
 早く確実に解決するためだと言われ、オリヴィアは言い返せなくなる。わかっていた。きっとそう答えられるだろうとわかっていたけれど、どうしても確かめずにはいられなかったのだ。
「それでは、たとえば、たとえばですけど、剣の持ち主が協力的でなかったらどうするんですか? 剣を渡したくないと言ったら、竜退治に行かなくなりますか?」
「いいや。竜退治は王命だからな。その場合は、剣を差し押さえることになる」
 二つ目の質問も否定される。少女の手持ちのカードは三枚だけ。オリヴィアは最後の質問を投げかけた。
「持ち主にしか剣が使えなくて、その人が竜退治をいやがったら、どうなりますか」
「さすがにそれは、考えにくいことだと思うが」
「でも、たとえば、剣は持っているけど使ったことがない人で、その人にしか使えないとかだったりしたら、どうなりますか?」
「剣を持っているのが一般市民で、竜に怖じ気づいてしまったら、ということか?」
「そんな感じです」
 ふむ、とテオは腕を組んだ。まったくありえないことではない。あの女王も、持ち主が拒むこともあると確かに言っていた。とはいえ、答えは決まっている。
「その場合は、王命だからと強要することになってしまうだろうな。騎士として好ましい行いではないが、そのひとりを尊重して、ほかの国民をないがしろにはできない。
 心配するな。たとえ剣の持ち主が一般人でも、俺たち騎士が護衛につく。体勢を崩すなり、足止めするなりして、とどめを刺すだけの状況を作ればいい。多少危険はあるが、できなくはないさ」
 答えを聞いてうつむくオリヴィアを安心させようと、テオは言葉を重ねる。そのたびにオリヴィアは心が重たくなる。必死に考えてきた三つの質問はどれも、望む答えをもたらしてくれなかった。
 竜退治なんてしたくないと思っても、決定は覆らないと何度も突きつけられる。なにも知らない従兄や友達の言葉こそ、少女を切り裂く剣だった。
「百年前にも倒せたんだ。今回も退治できる」
 続けられた言葉に、オリヴィアは思わず顔を上げた。百年前の竜にも騎士たちの矢と剣が通らなかったということは、そのときから世界の仕組みは同じだったのだろう。それならば、百年前に竜退治をした人は、自分と同じく竜と友達だったはずだ。
「百年前に竜退治をした人って、どうなったんですか?」
「なんでも、国を去ったらしくてな。だから、子孫を頼ることもできない。それができれば、もっといろいろわかったんだが」
 国を去った。ああ、その気持ちはとてもよくわかる。
(友達を殺したあと、そのことを喜ぶ人達の中にいなくちゃいけないなんて、耐えられない)
 少女の胸中を知らず、不安から気がそれるならばと青年は知っていることを話し続けた。
「国中探したが手がかりが見つからなかったらしい。天涯孤独の身だったんじゃないかという話だ。友のために剣をとったとのことだが、その友というのも見つかっていない」
「友の、ため……?」
「ああ。口伝によると、『これ以上の悲しみには耐えられないと嘆く友のために』竜を退治したと言っていたそうだ」
 少女は、見ず知らずの百年前の竜とその友を思う。

 きっと優しい竜だった。
 きっと素敵な友達だった。
 きっとなによりも大切な関係だった。

 だからこそ、悲しみに暮れる竜のために、剣をとったに違いない。荒れる国でもなく、暴れる人々でもなく、友のためと口にしたのなら。
(ずっと繰り返してきたのかしら)
 国中の誰にも知られずに、竜とその友達は繰り返してきたのだろうか。
 うつむいていると涙がこぼれてしまいそうで、オリヴィアは顔を上げた。驚いた顔をする従兄が不思議だった。
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登場人物紹介

オリヴィア

赤い髪の女の子。引っ込み思案気味だか実は頑固者で、一度言い出したら聞かないタイプ。きわめて努力家だが自己評価が低い。

フィンレイ

寂しがりで知りたがりな竜の子供。たぶん男の子。普段は異世界の洞窟に棲息しており、影を通してオリヴィアに語り掛けている。

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