第28話
文字数 1,998文字
ベッドの中で頭まで毛布をかぶって、オリヴィアは震えていた。竜の友達の少女は、ようやく世界の仕組みを理解した。
(はじめて声が聞こえたとき、フィンレイは「僕がいるだけで心を荒ませてしまう人がいる」と言っていた)
意味がわかった。
(なにかあればいつも、「僕のせいだ」って言っていた)
理由がわかった。
(自分はいない方がいいんだって言って、泣いていた)
ただの悲観ではないと、知ってしまった。
従兄も新しい友達も半信半疑といった態度だったが、少女はそうできなかった。今までのフィンレイの態度の理由として、あまりにもわかりやすすぎた。
声が漏れないよう、枕に顔を押しつける。涙で濡れた枕がぺたりと顔に貼りつく。なにかの間違いだと思いたくても、知ってしまったすべてに対して、矛盾点が見当たらない。
(テオ兄さんが、フィンレイを殺すの?)
剣を握るのは騎士団長だと言っていた。けれど、彼に剣を向けるなら同じことだ。かぶった毛布の端を、より強く握りしめる。
優しい竜だからと従兄に訴えることも考えたが、王命だと言っていたことを思い出す。一市民がいやだと言ったくらいで覆ることなどありえない。
唇をかみしめると少ししょっぱかった。けれど、泣いたってなんにもならないのだ。オリヴィアは以前のように、自分に言い聞かせた。そして泣きながら、どうにか友達が退治されない方法を考える。
(剣を探してるって言ってた)
先に見つけて捨ててしまえばいいのではないか。そう考えてから、少女は気づいた。自分がうずくまっているこのベッドの下には、女王からもらった剣を隠してある。
いずれ必要になるからと手渡された、魔法の国の剣。
きっと騎士達が探しているのはこの剣だ。魔法の国の生き物だから、きっと魔法の国のものでしか退治ができないのだ。
(……そうだった、かしら)
なにか引っかかりを覚えて、再び考え出す。
治安の悪化は竜が原因である。
竜を退治するには必要なものがある。
オリヴィアの手元には魔法の国の剣がある。
(ほかにも、なにかなかったかしら)
竜を退治させないために、必死に思い起こす。
竜に矢が通らなかったと従兄は言っていた。
騎士達は自分を退治するために必要なものを持っていないと竜は言っていた。
必要なものとは、剣ではなかったはずだ。あの会話の中で、確かに彼はその条件を口にしていた。
(……そうよ、剣が見つかっても大丈夫だわ。取り上げられたって、平気。
あの国では、愛がないと殺せない。
どんな武器を使ったって無駄なんだわ。フィンレイのことを敵としか思ってない人達では、なにを使っても傷つけることなんてできない)
ああ、よかった。そう安堵する。大きく息を吐いて、気持ちを落ち着けた。彼を退治するためには、彼のことを好きでなければいけないのだ。
(そんな条件に当てはまる人間なんて)
ひとりだけいることに、ついにオリヴィアは気がついた。
少女は竜を大切な友達だと思っている。
少女の手元には剣がある。
呼吸が乱れる。毛布の端を掴む手を、白くなるまで強く握りしめて、恐ろしい考えを消そうとする。体の震えが止まらない。
(私だ。私は、フィンレイを殺せるんだ)
あまりの衝撃に、いろいろな考えがかすんでいく。殺せる、という言葉だけがオリヴィアの思考を占めていく。
剣なんて持ってなければ、どうしてあんなものを渡したのか、と女王を恨んだ。まさか自分の国民を殺させたいのだろうか。オリヴィアは強い反感を持ったが、すぐに思い出した。剣を使うか使わないかはオリヴィアの自由だと、彼女は言っていた。
(絶対に、使わない)
けれど、この国の王は竜退治をすでに命じている。竜を退治しなければ国が荒れると、すでに知っている人達がいる。
(フィンレイ。優しくて、寂しがりで、知りたがりで、サンドウィッチをおいしいって言ってくれる、フィンレイ。はじめて友達になってくれた。名前を呼んでくれた。いつもそばにいるって、言ってくれた……)
竜の友達を思い出す。どうしようもなく会いたかった。
「フィンレイ」
友達の名前を口に出す。沈むような感覚。毛布の中にこもっていた熱がどこかへと逃げていく。
「来たのかい、オリヴィア」
「あなたが、原因だったの?」
毛布を握りしめたまま上体を起こして、少女は竜を見た。竜にだって表情はある。彼は投げかけられた言葉の意味を正しく理解していると、その顔を見てよくわかった。
「……そうだよ、人間のオリヴィア」
「そう、だったのね」
「泣かないで、オリヴィア。ごめんなさい。僕のせいで、君が泣いてしまった。僕が竜だから、君に隠していたから……」
自分に近づかず、じっとたたずんでいる竜を見上げる。
気にしないでと笑うことは、できなかった。
(はじめて声が聞こえたとき、フィンレイは「僕がいるだけで心を荒ませてしまう人がいる」と言っていた)
意味がわかった。
(なにかあればいつも、「僕のせいだ」って言っていた)
理由がわかった。
(自分はいない方がいいんだって言って、泣いていた)
ただの悲観ではないと、知ってしまった。
従兄も新しい友達も半信半疑といった態度だったが、少女はそうできなかった。今までのフィンレイの態度の理由として、あまりにもわかりやすすぎた。
声が漏れないよう、枕に顔を押しつける。涙で濡れた枕がぺたりと顔に貼りつく。なにかの間違いだと思いたくても、知ってしまったすべてに対して、矛盾点が見当たらない。
(テオ兄さんが、フィンレイを殺すの?)
剣を握るのは騎士団長だと言っていた。けれど、彼に剣を向けるなら同じことだ。かぶった毛布の端を、より強く握りしめる。
優しい竜だからと従兄に訴えることも考えたが、王命だと言っていたことを思い出す。一市民がいやだと言ったくらいで覆ることなどありえない。
唇をかみしめると少ししょっぱかった。けれど、泣いたってなんにもならないのだ。オリヴィアは以前のように、自分に言い聞かせた。そして泣きながら、どうにか友達が退治されない方法を考える。
(剣を探してるって言ってた)
先に見つけて捨ててしまえばいいのではないか。そう考えてから、少女は気づいた。自分がうずくまっているこのベッドの下には、女王からもらった剣を隠してある。
いずれ必要になるからと手渡された、魔法の国の剣。
きっと騎士達が探しているのはこの剣だ。魔法の国の生き物だから、きっと魔法の国のものでしか退治ができないのだ。
(……そうだった、かしら)
なにか引っかかりを覚えて、再び考え出す。
治安の悪化は竜が原因である。
竜を退治するには必要なものがある。
オリヴィアの手元には魔法の国の剣がある。
(ほかにも、なにかなかったかしら)
竜を退治させないために、必死に思い起こす。
竜に矢が通らなかったと従兄は言っていた。
騎士達は自分を退治するために必要なものを持っていないと竜は言っていた。
必要なものとは、剣ではなかったはずだ。あの会話の中で、確かに彼はその条件を口にしていた。
(……そうよ、剣が見つかっても大丈夫だわ。取り上げられたって、平気。
あの国では、愛がないと殺せない。
どんな武器を使ったって無駄なんだわ。フィンレイのことを敵としか思ってない人達では、なにを使っても傷つけることなんてできない)
ああ、よかった。そう安堵する。大きく息を吐いて、気持ちを落ち着けた。彼を退治するためには、彼のことを好きでなければいけないのだ。
(そんな条件に当てはまる人間なんて)
ひとりだけいることに、ついにオリヴィアは気がついた。
少女は竜を大切な友達だと思っている。
少女の手元には剣がある。
呼吸が乱れる。毛布の端を掴む手を、白くなるまで強く握りしめて、恐ろしい考えを消そうとする。体の震えが止まらない。
(私だ。私は、フィンレイを殺せるんだ)
あまりの衝撃に、いろいろな考えがかすんでいく。殺せる、という言葉だけがオリヴィアの思考を占めていく。
剣なんて持ってなければ、どうしてあんなものを渡したのか、と女王を恨んだ。まさか自分の国民を殺させたいのだろうか。オリヴィアは強い反感を持ったが、すぐに思い出した。剣を使うか使わないかはオリヴィアの自由だと、彼女は言っていた。
(絶対に、使わない)
けれど、この国の王は竜退治をすでに命じている。竜を退治しなければ国が荒れると、すでに知っている人達がいる。
(フィンレイ。優しくて、寂しがりで、知りたがりで、サンドウィッチをおいしいって言ってくれる、フィンレイ。はじめて友達になってくれた。名前を呼んでくれた。いつもそばにいるって、言ってくれた……)
竜の友達を思い出す。どうしようもなく会いたかった。
「フィンレイ」
友達の名前を口に出す。沈むような感覚。毛布の中にこもっていた熱がどこかへと逃げていく。
「来たのかい、オリヴィア」
「あなたが、原因だったの?」
毛布を握りしめたまま上体を起こして、少女は竜を見た。竜にだって表情はある。彼は投げかけられた言葉の意味を正しく理解していると、その顔を見てよくわかった。
「……そうだよ、人間のオリヴィア」
「そう、だったのね」
「泣かないで、オリヴィア。ごめんなさい。僕のせいで、君が泣いてしまった。僕が竜だから、君に隠していたから……」
自分に近づかず、じっとたたずんでいる竜を見上げる。
気にしないでと笑うことは、できなかった。