第27話

文字数 2,996文字

 トリシャは父親の見舞いをすませ、母に見送られて大通りへと出た。ひとり歩きは少し怖かったが、待ち合わせがあるので仕方がない。指定の場所に近づくと、赤い頭が二つ見えた。
「ごめん、お待たせ! しました」
 年上の人間がいることを思い出して慌てて付け足すと、赤い髪の二人はあまり似ていない顔で笑った。
「トリシャ。いいえ、私達もさっきついたところだから」
「それより、ひとりで本当に大丈夫だったか?」
「ありがと、オリヴィア。大丈夫ですよ、テオさん。ずっと大通りでしたから」
 トリシャが普段通りを意識して笑うと、テオは少し安心したような顔をした。真面目な人だ、とトリシャは思う。オリヴィアも真面目なので、そういう家系なのだろうとぼんやり考えた。
「行きましょう、トリシャ」
「そうだね、行こっか」
 オリヴィアと連れだって歩く。前回と同じく、テオは一歩後ろだが、今回は彼もケーキ屋に入ることになっている。

 オリヴィアからケーキ屋に行こうと誘われたとき、トリシャはかなり驚いた。今まで、一緒に出かけることはあっても、それはすべてトリシャからの誘いだったのだ。彼女は内気で、自分から誰かを誘うなんて滅多になかった。
 しかし、同時に納得もした。彼女は不器用であっても、優しい女の子なのだ。無理強いはしないけれどと言いながらも必死に自分を外出に誘おうとする新しい友達を、少し嬉しく思った。
(気にされたくなくて、元気な振りしてたんだけどなあ)
 失敗した上に、元気づけられているのが少しこそばゆかった。今も、話の中心になるのは苦手なはずなのに、話題を提供しようと頑張ってくれている。相槌を打ったり切り返したりしながら、トリシャはその話題に乗った。そしてなんとなく、後ろを気にする。
(送迎だけならともかく、テオさんもお店に来るのは意外だな。聞きたいことがあるらしいけど。お父さんのことなら、警邏の人達に聞いた方がいいはずだし……)
 思い出してまた落ち込みそうになり、慌てて意識をそらす。
「ケーキ、そろそろ新作が出てるはずなのよねー。楽しみ」
「そろそろ……? 定期的に新しいのが出るということ?」
「そうだよ。オリヴィアのとこは、そういうお店はなかった?」
「どうだったかしら。ケーキ屋なんて、縁がなかったから」
「そうなんだ」
 あまり触れてはいけないことのような気がして、話題を流す。
 店に着くとちょうどよくテーブルが一つ空いていた。新作のケーキを二つと定番のケーキを一つ。オリヴィアはプリンと新作ケーキと定番ケーキを一つずつ。テオはさんざんメニューを見たあと、一番甘くないものを頼んでくれと隣に座るオリヴィアに投げてしまった。
「テオ兄さん、甘いものは苦手なんですし、無理に食べなくてもいいんじゃないですか? コーヒーだけ注文しても、怒られないと思いますし」
「ケーキ屋でケーキを頼まないのはなんとなく、申し訳ないような気がしてな……」
「……気持ちはわかります」
「二人とも真面目すぎると思う」
 思わず口を挟むと、二人はそうだろうかと揃って首を傾げた。それがおかしくて、トリシャは笑った。それを見たオリヴィアの目元が柔らかくなったことをめざとく見つけてしまい、照れくさくなる。
 結局テオはコーヒーのケーキと一緒に、コーヒーそのものも頼んだ。学生組は紅茶だ。
 頼んだすべてがテーブルに並ぶのを待って、トリシャは尋ねた。
「あの、ところでテオさん。聞きたいことってなんでしょうか」
「ああ、その話だな。まあ、なんと言うか……」
 テオが口ごもると、オリヴィアが意外そうな顔をした。きっと珍しいのだろう、とトリシャは思う。彼はしばらくためらったあと、学校に、と切り出した。
「古い剣はないか? 百年くらい前の」
「剣、ですか? 聞いたことないと思いますけど…… オリヴィアはどう? 学校説明聞いたの、最近だよね。覚えある?」
「いいえ。私も聞いたことはないわ。テオ兄さん、剣がどうかしたんですか?」
「いや、なんというかな…… 魔術師殿がな」
「魔術師殿?」
「宮廷魔術師殿だ。昨今の治安悪化について、『これは竜の呪いである』って言い出してな」
「竜ですか?」
「ああ、俺もこの目で見た」
 信じられない思いで騎士を見る。実直そうな青年は、その風貌に似合わない、曖昧な表情をしていた。曰く、百年前の暴動もその呪いが原因だったらしい。
「公にはされていないがな。しかし、今回の件であまりに手がかりがなければ、大々的に捜索をすると聞いている。今も、聞き出すのに必要なら、説明してしまってもいいとのことだ」
「そんなことが、あるんですね」
 トリシャがやや呆けた状態で応えると、自分も完全には納得できていないと返事が来た。
「しかし、これは王命でな。納得できないからと言って従わないわけにもいかない」
「王命……」
 事態の重さに思わずトリシャが呟くと、騎士はそうだと頷いた。
「治安回復のための特別条例と平行して、竜退治も行なうというのが国王陛下の決定だ」
「状況はわかりましたけど…… それでどうして剣なんですか?」
 トリシャが質問を重ねると、テオは渋い顔になった。小さくため息をついてから、彼は答える。
「実は一度、竜退治を仕掛けた。しかし、矢が通らなかった。聞けば普通の剣も通らないらしい。だが、百年前に竜退治をなした青年がいたそうだ。竜を倒すには必要なものがあるとかで、彼はそれを持っていたと。
 それで、退治に必要と言うからには武器だろうとひとまずあたりをつけて、そのときに使われた剣がないか探しているんだ」
「なるほど。……でも、やっぱり聞いたことはないです。学校の成り立ちにもそういう伝承はなかったと記憶してますし。そうだよね、オリヴィア。……オリヴィア?」
 テオから視線をずらすと、彼女は真っ青な顔で固まっていた。どう見ても尋常ではない。
「オリヴィア、大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫、大丈夫よ…… あの、テオ兄さん。その、竜って、どんな……」
「竜か? 白くて大きな竜だった。目だけは青かったな。体表が、たぶん鱗だと思うが、ごつごつしててな。そのせいで矢が通らなかった。足の爪はとがってはいなかったが、足そのものが大きかったから、油断すると踏みつぶされることもありそうだ。
 ……そんなに心配するな。なにも俺が、一対一の決闘をするわけじゃない」
 テオの言葉で、トリシャも合点がいった。もしも仲のいい、それも恩のある人が竜退治に行くともなれば、それは不安で仕方がないことだろう。
「剣が一振りしかない可能性は高いが、そうなれば握るのは騎士団長で、俺は援護になるしな。俺が前に出ることはない。それに、団長の強さは俺とは比較にならないほどだ。きっと退治を成し遂げられる」
 テオが安心させるように笑うが、オリヴィアは怯えきっている。悲鳴を上げそうなのか恐怖をこらえるためか、口元を手で押さえて震えていた。
「オリヴィア、落ち着いて。紅茶飲んだら?」
「そう、ね。いただくわ」
「すまない、怖がらせたな」
「……テオ兄さんが、悪い、わけでは、ないです」
 途切れがちな言葉に、トリシャは友達の不安を察する。どうにかほぐしてあげようと、とりあえずケーキを勧めて笑いかけた。
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登場人物紹介

オリヴィア

赤い髪の女の子。引っ込み思案気味だか実は頑固者で、一度言い出したら聞かないタイプ。きわめて努力家だが自己評価が低い。

フィンレイ

寂しがりで知りたがりな竜の子供。たぶん男の子。普段は異世界の洞窟に棲息しており、影を通してオリヴィアに語り掛けている。

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