第23話

文字数 1,580文字

 ひとりぼっちの洞窟につくと、フィンレイはとうとう泣き出してしまった。泣いたってなにも変わらないという友の声を思い出してみたが、涙を止めることはできなかった。
(オリヴィアに会いたい。でも、泣いてたら心配させてしまう。それに、すべて話してしまうかもしれない)
 彼女の国の不和は、自分のせいなのだ。
 なにもかも話して楽になりたいという気持ちと、オリヴィアにだけは絶対に知られたくないという気持ちで、フィンレイはますます悲しくなった。
(オリヴィアに嫌われたくない。嫌いにならないで。
 でも、全部知ってほしい。そうしたら、きっと全部終わる。いまのままでは……)
 国が荒れると、いろんな事件が起きるらしい。不満がたまったら暴動が起きて、たくさんの市民が怪我をしたりすることもあるそうだ。
 もしもそれに、オリヴィアが巻き込まれてしまったら?
(僕のせいで、オリヴィアが怪我をするのは、もっといやだ)
 ぐすぐすと泣きながら、最悪の想像をしてしまう。自分のせいで小さな友達が傷つくこと。竜の子供にとって、それこそがもっともつらいことだった。
(オリヴィア。優しいオリヴィア。物知りなオリヴィア。強がりなオリヴィア。僕と友達になってくれたオリヴィア。人間の、オリヴィア)
 少女の姿を思い出し、先ほどの騎士の中にいた赤い髪の青年も連想した。名前を尋ねたりはしなかったし、本当は顔も知らないけれど、きっと彼こそがあの少女の庇護者なのだとフィンレイは確信していた。竜退治に選ばれるなんて、さすがだと勝手に感心する。
 その彼を吹き飛ばしてしまったことを思い出して、フィンレイの気持ちはまた、暗く沈んだ。もしも彼が怪我をすれば、彼女はきっと悲しむのだろう。原因が自分だと知られれば、なんと言われるだろうか。
(ああ、でも、彼だけじゃなくて、ほかの騎士さんも、友達とか家族とかがいて、怪我をしたらきっとその人たちが悲しむ……)
 暗い洞窟の中で竜はうずくまる。瞼を閉じたらさらに暗くなって、風の音だけがフィンレイを包んだ。
(僕がいなくなったら、それでいいんだ)
 悲しくて寂しくて、フィンレイは再び泣き出す。
 彼が泣くのは、オリヴィアに出会って以来、今日が初めてだ。

 どれほどそうして泣いていたのかわからない。気づけば、オリヴィアに呼びかけられていた。
『フィンレイ、どうしたの。どうしてそんなに泣いているの』
「オリヴィア?」
『そうよ、私よ。あなたの友達のオリヴィアよ。
ねえ、なにがあったの、フィンレイ。ずっと泣いて…… 悲しいことがあったの?』
「……僕は、いないほうがいいんだ」
 フィンレイにはそれしか言えなかった。ぼんやりとした影を見つめる。オリヴィアの怒った声が聞こえた。
『なにを言ってるの。そんなはずないわ。だって私、あなたに会えて本当によかったって思ってるのよ。そんな悲しくなるようなことを言わないで』
 オリヴィアはいま、どんな顔をしているんだろう。
 叱られながら、フィンレイはそう考えた。怒った顔か、困った顔か、呆れたような顔か。なんでもいいから見たいな、と思った。
『ねえ、フィンレイ。本当にどうしたの? 私、まだ学校の授業が終わらないからそっちへ行けないのだけど…… いまは昼休みで、時間はあるの。教科書を取りに行くってトリシャにも言ってあるわ。だから、もし、私が聞いていいことなら、話してみて。私にできることなんてないのかもしれないけど、お願いだから、ひとりで泣いたりしないで』
「……逆だよ、人間のオリヴィア。君にしかできないことが、あるんだ」
『それはなに、フィンレイ』
 フィンレイは悩んだ。言ってしまっていいものかどうか。もしかしたら傷つくかもしれない。もっと怒るかもしれない。けれど、隠しきれることではないとも思った。
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登場人物紹介

オリヴィア

赤い髪の女の子。引っ込み思案気味だか実は頑固者で、一度言い出したら聞かないタイプ。きわめて努力家だが自己評価が低い。

フィンレイ

寂しがりで知りたがりな竜の子供。たぶん男の子。普段は異世界の洞窟に棲息しており、影を通してオリヴィアに語り掛けている。

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