第25話

文字数 1,935文字

 フィンレイから彼の国のルールを聞いたオリヴィアは、それを怖いと感じながらも、生活自体が変わることはなかった。ただ、怖い思いをしただろう友達に気をまぎらわそうと、以前より頻繁に話しかけるようになった。
学校の友達には、面白い小説シリーズを読みふけっているのだと嘘をつき、付き合いを少し減らしている。少女の読書家ぶりを知る友達は、疑いもせず納得してくれた。かといって、まったく絶ってしまうとフィンレイが気を遣うので、あくまで少しだけだ。
「それ全部、トリシャがひとりで食べてしまったの。私、とても驚いて。ほかのクラスメイトも、ずっとこっちを見ていたわ」
『おなかがやぶれちゃったりしなかったの?』
「ふふ。ええ、大丈夫よ。でもそのあと、医務室で食べ過ぎのお薬をもらったみたい」
『大変だったんだね』
 やりとりの言葉は以前と変わらない。しかしフィンレイに元気がないことは、声だけでも十分にわかった。
 オリヴィアは口達者な方ではないし、社交的な性格でもない。寮生活は以前より人と関わるが、毎日新鮮な話題があるわけではない。それでもどうにか、オリヴィアはフィンレイと話し続けた。夕食後には洞窟に赴くこともある。夜食と称して作ったサンドウィッチを持って行くこともある。
 自分のしていることが彼を励ませているのか自信はなかったが、とにかく少女は竜のために心を砕いた。
「でも、トリシャったら全然懲りていないのよ。今度、ケーキを食べに行こうって」
『食べるのが好きなんだね』
「そうだと思うわ」
 ベッドに腰掛け、足下に視線を落としながら笑う。明るく、明るく、と心の中で唱え続ける。
『ケーキ、食べに行くの? どんなケーキだったか教えてね』
「……ええ。なんなら、おみやげに持って行くわ。ホールケーキなら、あなたも食べられる大きさだと思うし…… どうかしら。一緒に食べましょうよ」
『それは、悪いよ。持ってくるのだって、大変でしょう? 大きいとオカネもたくさん必要になるんでしょう?』
「持ち帰り用に頼めば大丈夫よ。お金は、まあ、なんとかなるわ。私、あんまりお小遣い使ってないから、ホールケーキ一つくらいなら、どうにかなる、はずよ。ねえ、そうしましょうよ」
『でも……』
「私がそうしたいの。いけないかしら」
『……ううん。君が望むなら』
 消極的な言葉を連ねるフィンレイを、オリヴィアは強引に説き伏せた。友達を元気づけるためというのはもちろんあったが、それだけではない。
 フィンレイと一緒にケーキを食べたいだけ、というのも嘘ではなかった。強引で自分勝手だと、やや自己嫌悪に陥りそうになる。それをどうにか押し込めて、オリヴィアは話し続けた。

 週末になると、約束のケーキを持って、オリヴィアはフィンレイの元を訪れた。場所は地底湖。竜退治が現れたと聞いてからすでに三週間ほど経つが、その間、フィンレイは一度もここを出ていない。オリヴィアにはそのことも悲しかった。
(だめよ。明るく、いつも通りにしていないと、きっと気づいてしまうわ。フィンレイのほうがつらいのだから)
 今のオリヴィアには、フィンレイのこと以外にもひとつ、懸念事項が増えていた。それを悟られてはいけない、と必死に平静を装う。それは初めての所作であり、うまくいっている自信もない。それでも、少女は友達のためにと努めて、いつも通りであろうとした。
 自分のためのスペースを作ろうと体を動かすフィンレイにお礼を言う。ブランケットの上に座り、早速箱からホールケーキを取り出した。自分の分として一切れだけ切り分けて、残りをフィンレイに差し出す。
「本当にいいの?」
「もちろんよ。そのために買ってきたのだから」
「ありがとう、オリヴィア。すごく、すごく嬉しい」
 そう思うならそういう顔をしてほしいと、言わずにいられた自分をオリヴィアはほめた。ただ、どういたしましてとだけ返して、持ってきたフォークでケーキを食べる。
 ホールケーキは、店にあるもので一番サイズの大きいものを買ってきた。しかし、少女にとっては大きいが竜にとっては一飲みにできそうな大きさでしかない。オリヴィアはそのことが少し気になったが、普段持ってくるサンドウィッチも同じようなものだと気を取り直した。フィンレイの様子を見ると、少しずつ削るようにして食べている。
「どうかしら、フィンレイ。おいしい?」
「うん。おいしいよ」
 大きな青い目が少し和らいだような気がして、オリヴィアの気持ちも、同じように和らいだ。友達の様子に少し安心して、ケーキを食べ進めていく。ちらちらと脳裏に懸念事項がよぎったが、今このときだけは気にしないように努めた。つもりだった。
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登場人物紹介

オリヴィア

赤い髪の女の子。引っ込み思案気味だか実は頑固者で、一度言い出したら聞かないタイプ。きわめて努力家だが自己評価が低い。

フィンレイ

寂しがりで知りたがりな竜の子供。たぶん男の子。普段は異世界の洞窟に棲息しており、影を通してオリヴィアに語り掛けている。

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