14・ファティマの奇跡、聖母マリアの出現

文字数 7,113文字

さて、この章からは
記録にある様々な奇跡や不思議な現象についての話が主題になります。

といっても、自分はこれまで説明してきたような経験をしましたが
それで何か超自然的な霊感や不可思議な力が身についたりした感覚は全くないです。

なので、超自然的な霊の世界の事がはっきりとわかるわけではないので
場合によっては表現があいまいになったり、よくわからない抽象的な表現に
なったりする場合もあるかも知れません。

霊の世界は、基本的に人間にはなかなかわからないものなのかも知れません。
世の中には、それをはっきりと知覚できる人も居るのかも知れませんが…。


・何万人もの人々が経験した、ファティマの奇跡

さて、有名なファティマの奇跡の話です。
1917年、ポルトガルの小さな町、ファティマに住む
ルシア、フランシスコ、ヤシンタの3人の幼い子供達の前に聖母マリアが出現し、
その噂を聞きつけて集まった7万人の人達が見守る前で太陽が回転し、
その時降っていた雨で濡れていた服がその熱で乾いてしまったりと
にわかには信じられない大掛かりな現象が起こったと記録されています。
カトリックの総本山バチカンでも、これは公的に奇跡と認められています。

以前の自分は、こういった現象は何らかの科学的なものか
それとも信仰が作り出した共通の幻想か…と思っていました。

しかし、神は存在するものという事が確信になった今なら
ファティマの奇跡は現実に起こったもの、という事に疑いはありません。

そして、そこから発せられたメッセージは
真剣に受け止めなくてはいけないものと思っています。

ファティマの予言に込められたメッセージは、人類への警鐘です。
発せられたメッセージには、恐ろしい地獄に関するものであったり、
または戦争、教会への迫害に関するものであったりします。
その中でも、特に重大と見なされていたファティマ第三の予言と呼ばれるメッセージは
キリスト教会への大迫害と、世界を巻き込む大きな戦争を予言しているとされていましたが…。

ファティマの奇跡において、どういうメッセージが発せられたのか。
起こった事を順に追いながら、かいつまんで紹介していきたいと思います。


・ファティマで起こった奇跡と発せられたメッセージ

ファティマで聖母マリアが出現し、大掛かりな奇跡が起こる1年前の1916年春ごろ。
そこに住むそれぞれ10歳、8歳、7歳の3人の児童ルシア、フランシスコ、ヤシンタの前に
平和の天使を名乗る14-15歳の若者が出現。

平和の天使を名乗る若者の出現は続き、
1年後の1917年5月13日、その日は3人の子供たちの前に聖母マリアが現れて
毎月13日に同じ場所に合いに来るように言いました。

聖母マリアが3人の前に出現したのは5月13日から10月13日までの計7回(8月に2回)、
その他にも個人的に姿を現した事も記録されていて、様々なメッセージを
3人に託したと伝えられています。

特に7月13日の出現時には、聖母マリアは生前の行いによって
誰でも行く可能性のある地獄についてのビジョンを3人に見せました。
その時3人が見た光景はどのような物だったのか、ルシアの手記に記されています。
その手記によれば、地獄とはこのような場所だそうです。

「聖母は、私達に広い火の海をお見せになりました。それはまさに、地の下にあるもののようでした。
 この火の中に、サタンと人間の形をした魂とが閉じ込められていました。
 この魂は、透き通るように燃え上がる燃えさしのようで、全ては黒く、あるいは、
 光り輝く青銅色をしていて、大きな炎の中に漂っていました。
 彼らは自分の中から放つ炎によって、巨大な煙の雲とともに空中に吹き上げられ、
 ぞっとするような、しかも恐怖に震え上がるような苦痛と絶望の悲鳴とうめき声を上げながら、
 重さもバランスも失って、火花のように大火の中を四方八方に飛び散っていました。
 サタンは、見たこともない奇怪な動物の形をしていたのでそれと分かりましたが、
 戦慄を覚えさせるような気味の悪い形相をしており、透明で黒い色をしていました」

地獄は、一度入ってしまったが最後永遠に出られないそうです。
3人の前に現れた聖母マリアは、傲慢さ、そして肉欲のために
多くの人が地獄に落ちると警告しています。特に肉欲は沢山の人を地獄に落としてしまうと
警告されています。

恐ろしい事に、どうやら地獄というのは実在するようなんです。
特にこのビジョンは3人に非常なショックを与え、うち最年少の少女ヤシンタはこれを非常に恐れ
数年後にその短い生涯を閉じるまで趣味であった歌とダンスもやめ、
敬虔に神に祈りを捧げる日々を過ごしたと伝えられています。
そしてこの時に聖母マリアから伝えられた祈りは、ファティマの祈りとして
カトリック教会に伝わっています。

またこの日には、今後の世界がどうなるかの予言が聖母マリアより3人に話されました。
第二の啓示として、第一次世界大戦の終結が近い事と第二次世界大戦の勃発、
戦争と飢きんと教会への迫害が天罰として人類に降り注ぐ前触れとして不思議な光が空に現れるという予告、それを回避するために当時は宗教を禁じる共産主義国であったロシアの奉献の要請がなされました。
カトリック教会の教皇、それから全司教が一緒になってロシアをイエスキリスト、聖母マリアの
御心に捧げて祈る、そうすればロシアは回心し、破局的な事態は回避されるとの予言です。

これを受け、教皇を頂点としたカトリック教会は
ファティマなどで祈りを捧げ、数度ロシアの奉献を行いました。

当時は旧ソ連ロシアとアメリカ・ヨーロッパのいわゆる西側ブロックとの対立、
冷戦と呼ばれていた世界情勢でした。
その当時は、アメリカとロシアはいずれ衝突し核戦争が起こるだろうというのは
ごく当然のものとして考えられていました。

いつ破滅的な核戦争が起こるのだろうと多くの人が不安を覚え、
1999年7月に世界は滅びるとするノストラダムスの大預言が流行ったり
また終末は近いとし、救われるのは○○教に入信した者だけ、という
終末論を前面に押し出した宗教が流行りそういった団体の中には人民寺院事件や地下鉄サリン事件など
大きな事件を起こし社会問題になったりもしました。

しかし旧ソ連は1991年に解体、ロシア連邦と名前を変え
宗教を禁じる共産主義国でキリスト教に弾圧的だった政治体制も変わり、
信仰に関して寛容な国へと変わりました。

これは預言通り、ロシアの奉献がなされ、結果ロシアが回心し、
起こるとされていた米ソ間の破局的な核戦争は回避されたのでしょうか。
ローマカトリック教会内でも意見は別れ、奉献はまだ済んでいないとの主張も存在しているようです。

しかし、前でも触れました通り、ノートルダム大聖堂の火災は神様の力の表れであり、
そこに神の意が現れているのだとしたら、それはロシアの奉献は確かになされた…という
サインではないか、だったら良いなと思います。

現にアメリカと旧ソ連の東西冷戦は終結し、大国の米ソが核ミサイルを打ち合う事態は
何とか回避されたように思えます。これは、とても幸運な事だったのでしょうか…。

ノートルダム大聖堂の火災は、色んな意味が象徴的に隠されたイースターエッグだとして、
その卵に関連することわざで累卵の危うきというものがあったりします。
もしかして、今のロシアの体制が続くうちは世界は大掛かりな核戦争の危機を迎える事はないですが、
また支配者が代替わりし、キリスト教に迫害的な体制が復活した場合には
世界には再び核戦争の緊張が走るのかも知れません。

平和とは、実は積み重ねた卵のごとく崩れやすく壊れやすい、
微妙なバランスの上に成り立っている、というものなのかも知れませんね…。


・不可解な、ファティマ第三の預言

さて、聖母マリアの出現したファティマの奇跡で表された啓示は
大きく分けて第一、第二、第三と分類されています。

第一の啓示は罪を犯した魂が落ちる地獄についての警告、
第二は第一次、第二次世界大戦とその後の東西冷戦による核戦争の危機とロシアの回心。
ここまでになされた預言は、全て成就したとされています。

そして、聖母マリアから少女ルシアに約50年後の1960年になったら公開するようにと託された
ファティマ第三の預言と呼ばれるものが存在します。
これはショッキングな内容のあまり、内容を確認した当時のローマ教皇がショックで気を失い、
再び封印したとも伝えられています。

そういった経過で、1960年になっても第三の預言の内容は公開されませんでした。
その間1981年にファティマ第三の預言の内容公開を要求してのハイジャック事件が起こったり、
ファティマの第三の預言とは世界の破滅を予言した内容ではないかと様々な憶測を呼んだりしもました。

そして第三の預言は長い間公表されなかったのですが、2000年の5月、
教皇庁はついにその内容を公開しました。
公開されたファティマ第三の預言の内容はこうでした。


「すでに述べたあの二つの啓示のあと、わたしたちは、マリアの左側の少し高い所に、
 火の剣を左手に持った一人の天使を見ました。しかしその炎は、マリアが天使に向かって
 差し伸べておられた右手から発する輝かしい光に触れると消えるのでした。
 天使は、右手で地を指しながら大声で叫びました。「悔い改め、悔い改め、悔い改め」。
 それからわたしたちには、計り知れない光―それは神です―の中に、
 「何か鏡の前を人が通り過ぎるときにその鏡に映って見えるような感じで」白い衣をまとった
 一人の司教が見えました。「それは教皇だという感じでした」。そのほかに幾人もの司教と司祭、
 修道士と修道女が、険しい山を登っていました。その頂上には、
 樹皮のついたコルクの木のような粗末な丸太の大十字架が立っていました。
 教皇は、そこに到着なさる前に、半ば廃墟と化した大きな町を、苦痛と悲しみにあえぎながら
 震える足取りでお通りになり、通りすがりに出会う死者の魂の為に祈っておられました。
 それから教皇は山の頂上に到着し、大十字架のもとにひざまづいてひれ伏されたとき、
 一団の兵士達によって殺されました。彼らは教皇に向かって何発もの銃弾を発射し、矢を放ちました。
 同様に、他の司教、司祭、修道士、修道女、そして様々な階級と職種の平信徒の人々も
 次々にそこで死んでいきました。十字架の二つの腕の下にいた二位の天使は、おのおの手にした
 水晶の水入れに殉教者たちの血を集め、神に向かって歩んでくる霊魂にそれを注ぐのでした。」
 
 (教皇庁教理省『ファティマ 第三の秘密』カトリック中央協議会 Wikipediaより引用)


内容を解釈すると、教会への大きな迫害が予言されているように思えます。
これが実際にファティマに現れた聖母マリアからもたらされた物だとしますと
内容を確認した当事のローマ教皇にとっては非常にショッキングな物だった事が容易に想像できます。

今現在、予言されていたような出来事は起こってはいませんが、
だとするとこれはどう解釈をするべきものなのでしょうか。

一説によりますと、これは1981年5月13日に発生した当事の教皇ヨハネ・パウロ二世の
暗殺未遂事件の予言だったのではないかと言われています。
しかし、それまでの預言は第一次・第二次世界大戦の始まりと終結の正確な予言であったりですとか、
世界規模での大きな事柄についてであったりしたのに内容が矮小すぎるのではないか、
公開されたのは預言の一部で重大な部分はいまだに公表されてないのではないか…と
推察している人もいるようです。

ファティマ第三の預言は、どういう意味が込められたメッセージだったのか。
これはもしかすると、ロシアの奉献に関連があったのかも知れません。

もしロシアの奉献がなされず、ロシアがキリスト教を始め宗教を弾圧する
共産主義体制のままでしたら迫害は教皇庁に及び、予言されていたような事が
現実に起こったのかも知れません。
しかし第二の預言で伝えられたロシアの奉献、そして回心がなされたので
そうなる事態は回避されたのではないか…と考える事ができるように思います。

実際的に考えてみても、旧ソビエトの共産主義体制が続いていたら
もしかしたらヨーロッパやアメリカの西側諸国との対立はさらに深まって
全面的な衝突が起こっていたのかも知れません。

事実、ヨハネ・パウロ二世の暗殺未遂には
旧ソビエトの国家保安委員会KGBが事件に関わっていたとの話も聞きます。

もしかすると、
第二の預言で伝えられたロシアの奉献、そして回心がなされていなかったのなら
事件はもっと大きな、それこそ第三の預言に書かれていたような事が
現実に起こったのではないか…とも思えます。
ロシアの奉献がなされたので、教皇暗殺未遂事件も重大事件ですが、
ファティマ第三の預言に書かれている事よりは規模が小さくなったというように…。

しかし、安心するのはまだ早いのかも知れません。
今後の世界のあり方次第では、予言されていたような内容が
恐ろしい事ですが実際に起こる可能性もあるとも思えます。
そのような事態になるのを防ぐには、神様の目から見て良い人間が
世間にどれほど居るかにかかっているような気がします…。


・ファティマの預言その後

聖母マリアの出現があり、ルシア、フランシスコ、ヤシンタの
3人の子供達に預言が託された後。

2年後、フランシスコ、ヤシンタの二人は当事流行していたスペイン風邪に倒れ
その早い生涯を閉じました。

2名とも、病気による苦しみを周囲に漏らす事もなく
敬虔に神に祈りを捧げ続け、死の直前にも周囲に感謝の言葉を伝えて亡くなったとあります。

フランシスコ、ヤシンタの二人は早くに亡くなり、天国へ行く事を
あらかじめ聖母マリアから伝えられていたようなのです。

そして、
フランシスコは亡くなる直前に部屋の入り口に不思議な美しい光を見たと言い、
ヤシンタは自分は誰も見ていない時一人で亡くなるだろうと聖母マリアに伝えられたと言い、
その言葉通りにスペイン風邪の合併症である肋膜炎の手術の10日後、
周囲の人が誰も居ない間に息を引き取ったと記録されています。

ルシアは修道院に入り、祈りと奉仕に一生を捧げ
2005年2月13日に97歳でその生涯を閉じました。

フランシスコ、ヤシンタの兄妹のヤシンタは、死後にも
遺体の特に顔に腐敗が全く起こらない現象が見られ、両兄妹とも
2017年に聖人に列聖されています。

ルシアも、通常は亡くなってから5年で開始される決まりの
列福調査までの期間が3年に短縮され、
2008年に聖人の前段階である福者へ認定のための調査が開始されました。


・その他の、聖母マリアの出現が報告されている事例

聖母マリアの出現は、ファティマだけではなく世界中に報告があります。
有名な所では、不思議な力で病気が治ったと多数の報告があるルルドの泉や
日本でも秋田県秋田市の修道会、聖体奉仕会にて修道女へのお告げ、聖痕、
聖母マリア像からの落涙現象などがあります。

またその他にもアメリカですとか、フィリピン、アルゼンチン等
世界中に聖母マリアの出現の報告があるようです。

聖母マリアの出現は、古くは西暦40年からたびたびあるようです。
かのルイ14世も、約束した聖母マリアに捧げる聖堂の建設を放棄した結果、
フランス革命の勃発で牢に囚われ後悔して牢から聖堂の建設を命じたけれど
時は既に遅かった…とも伝えられています。

その他にも、聖母マリアの出現を検索して見れば沢山の事例が見つかります。
出現した聖母マリアのお告げによって、身に着けると不思議な奇跡が起こる
不思議のメダイが作られた事例ですとか、カルメル山に出現があって
臨終の際身に着ければ地獄の炎から保護され、危険から守られ平和がもたらされると伝えられた
茶色のスカプラリオがもたらされた事例ですとか、ここで紹介し切れないほどあります。
興味を持たれた方は、ネットで聖母マリアの出現と検索してみれば
多くの事例に接する事ができます。

そして大まかな傾向を見てみますと、1800年代辺りから出現の報告は増え、
告げられる言葉は警告のような色合いを帯びてきます。
不思議な神意の働く世の中の摂理に目を向けず、不徳な行いが広まる事によって
やはり世の中は危機的な状況を迎えるようになってしまうらしいのです。

その状況のために聖母マリアの出現が増え、
悔い改めの警告が繰り返しなされているのだとしたら。
聖母マリアはまるで、子供を心配するお母さんのように思えてしまいますね…。


聖母マリアの出現には、汚れなき聖母マリアの心を人々に想起させ、信仰を広めて
世に平穏をもたらそうとする何らかの意思が働いているようです。

奇跡の人イエスキリストも、聖母マリアを介して生まれて来ました。
そう考えると、もしかしたら奇跡は
聖母マリアを介してこの世にもたらされるのかも知れません…。



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